2023年は日本を代表する映画監督小津安二郎生誕120年記念の年で、6月9日から29日までウエスト・ヴィリッジのミニシアター「Film Forum」で様々な小津作品が上映されています。ニューヨークでは、黒澤明監督作品、三船敏郎主演作品、ジブリ作品と並んで、小津安二郎監督作品は人気が高く、この辺りの映画館や博物館などどこかで、ほぼ毎年何らかの特集が組まれています。

 

今回の小津安二郎作品シリーズ上映は「OZU120」と題した、ちょっとした映画祭のような感じになっています。「東京物語」「晩春」「麦秋」などの代表作から初期の無声映画や短編作品などバラエティーに飛んだレパートリーが毎日4、5本ずつ上映されており、私も今月は土日を中心にFilm Forumに通い詰めています。ずっとスクリーンで観たかった「お茶漬けの味」と「彼岸花」は有給休暇取って見てきたほどです。

 

 

日系フリーマガジンにも掲載

 

それぞれの作品についてコメントしていくと、それだけで専門ブログが作れそうなくらい書けそうでキリがないので、ここでは小津作品がいかにニューヨーカーに受け入れられているかを紹介したいと思います。


小津作品の一貫したテーマは、家族の肖像。それは必ずしも家族の愛を讃えるような賛美的内容ではなく、子供の成長とともに変化していく家族、夫婦間の本音と建前、老いを受け入れる老年カップルの悲哀だったりと、家族が変化していく悲喜交々を淡々と描いています。そこにユーモアや皮肉が入り混じり、時代を超えた普遍的な共感を呼んでいます。こうした人間味のある内容が、複雑な感性を持つニューヨーカー一般のメンタリティーと合致しているのだと思います。客層も、年配の映画ファンというイメージを覆し、かなり若い世代もいますし、男女比率も半々といったところ。一人で来ている人が半分くらいで、あとはカップルや学生風のグループもいて熱心に観ていました。小津作品の世界観や家族観はゲイを惹きつけるものがあり、ゲイの観客も結構な割合でいます。個人的には、周囲にお見合い結婚を勧められる小津映画のヒロインたちと、「結婚しないの?」攻撃を受けてた隠れゲイ時代の自分とがシンクロして共感します。あと、昭和の女優さん(特に原節子、田中絹代、三宅邦子の3人が好き)の存在感がすごいです。

 

週末の上映はほぼ満席(上映前の予告編)

 

ミニレクチャーなども盛り込まれていた

 

さて、このOZU120をホストしている「Film Forum」ですが、会員の寄付とチケット収入で運営されている非営利団体です。よって、上映作品も、ハリウッドの超商業主義とは一線を画しています。小津作品など日本の作品をはじめ、世界各国の名画と新作、内容もドキュメンタリーから短編なども含め、様々なジャンルの映画を上映しています。映画館自体が特別な空間で、映画を観ない時でもふらっと入って上映予定作品のポスターを見たり、カフェでコーヒー頼んで雰囲気を感じるだけでも楽しいです。まさに映画好きによる、映画好きのための空間です。ちなみに、私はここにくるときはほぼ一人できます。旦那Dは自分が観たいと思う映画の時には一緒についてきますが、やはり、夫夫といえども完全に感性が一致しているわけではないので、小津安二郎作品のように、個人的な思い入れが強い映画は一人で見た方が楽しめます。一人で来るとたまに隣に座った人やロビーのカフェの立ち席テーブルで相席になった人と小津談義になることもあります。小津作品を観にくるようなアメリカ人は大体他のアジア人と日本人の違いがわかるので、話しかけられる率高いです。ここで少しでも日本映画の蘊蓄を語ると意気投合して、あちらも色々話してくれます。そうして話した人が意外にも有名な脚本家だった、なんてこともありました。

 

ロビーの雰囲気

 

見てください。この小津愛!

 

小津初のカラー映画。母親役の田中絹代が圧巻

 

隠れた名作「お茶漬けの味」

 

Film Forumが居心地がいいのは、非営利組織なので、アメリカの映画館の商魂猛々しい感じの雰囲気がないところです。まず座席配置がゆったりしているし、映画前の予告編がそれほど長くないのがいい。大きいチェーン系の映画館にハリウッド映画を観にいくと、例えば午後2時開始と案内されていても、30分近く延々と予告編が流れてることもあります。ここはそんなこともないし、そもそも映画好きが選んだ映画の上映なので、元々引き込まれそうな魅力的な映画だけの予告です。なお、OZU120上映では、上映待ちの間は、他の小津作品のポスターを流してくれています。(上の写真)

 

館内の売店にも居心地の良さの理由があります。映画鑑賞時の王道であるポップコーンはもちろんですが、ここはクッキーやチョコレートなど、スイーツが充実しているのです。特に最近ラインナップに加わった

Chocolate Orange Bundt(オレンジチョコレートケーキ)は人気で、午後には完売してることも多いです。先週仕事帰りに来た時は売れ切れていたので、昨日行った時リベンジしようとしました。午前中に着いて、手付かずのホールケーキが仕入れてあったので油断しましたが、映画2本観終わった4時過ぎにはいつの間にか最後の二切れになっていたので、飛びつきました。

 

 

人気のスナックChocolate Orange Bundt

 

小津作品2本観終えた4時ごろ。売れきれ寸前

 

この日は無事ゲット

 

ということで、いつのまにかスィーツ紹介になってしまいましたが、話は戻り、Film Forumでは戦前のサイレント映画から戦後の名作まで、小津安二郎作品を29日まで上映しています。この間にマンハッタンにいらっしゃる方で、興味があればぜひいらしてみてください。またそれ以降も、きっと趣深い映画を上映していることでしょう。映画を観なくてもロビーを訪問して映画オタクグッズやスィーツを楽しんだり、またここに集う映画人文化人の様子を観察したりするだけでもマンハッタン気分に浸ることができるのではと思います。

 

Film Forumの界隈。地下鉄からもアクセス良好、ゲイ率高い。