恩返し | SFショートショート集

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SFショート作品それぞれのエピソードに関連性はありません。未来社会に対するブラックユーモア、警告と解釈していただいたりと、読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。長編小説にも挑戦しています。その他のテーマもよろしく!!

本編は「スーパーキャット」…続編です。

 

 ところで、クアンタム職域研修所を間借りしているラクサム人たちは、暇を持て余していた。3Dモニターに映し出される地球や月、火星の番組映像やニュース映像を熱心に見入ったり、近くの公園に散策に出かけたりして過ごしていた。

 ある晩、ラクサム人たちはいつものように地球上のニュース映像を熱心に見入っていたが、核軍縮の進展などを議論する再検討会議が実施されることを知った。

 これを見ていたラクサム人のクリスタが

「あたしたちに出来ることが見つかったよ!」

サラがクリスタに向かって聞き返した。

「出来ることって?・・・」

「地球人は今、悩んでいるのよ。核放棄したいけどできない現状に・・・だからあたしたちが、それを後押しできればと思ったんだ。あたしたちは間違いなく、皆核兵器による深刻な犠牲者だよ。その悲惨な現実を地球人に伝えることが出来ればと・・・」

 

 核拡散防止条約(NPT)とは、核兵器の保有国が増えないように、核物質の兵器への転用防止を目的とした条約だ。当初、核兵器の保有を米国、ロシア、英国、フランス、中国の5カ国に限定して認めた。参加する非核保有国には国際原子力機関(IAEA)による査察の受け入れが義務付けられていた。冷戦下で米国とソ連による核戦争のリスクが高まったキューバ危機(1962年)を教訓に策定され、1970年に発効した。今から230年以上も前のことである。当時、唯一の被爆国である日本が1976年に批准し、2203年現在で206カ国・地域が締約する世界最大の核軍縮の国際枠組みとなっている。当時の核保有国、インド、パキスタン、イスラエルは2048年、2050年に相次いで加盟した。今でも5年に1度、核軍縮の進展などを議論する再検討会議が実施されている。

 

 この再検討会議には「銀河通商連合」の存在が大きくのしかかっていた。核を持っている惑星は銀河通商連合に加盟できないのだ。子孫の住む星として地球が認定され、核保有の星であるが、ヒュームとの交易に限って許可されているという現状がある。ここに来て、ヒューム人という地球外生命体との接触が行われて以降、宇宙的視野を前提に”核”のあり方を議論する風潮が活発化していたのだ。実際に初めて核を使用したのは200年以上前であるが、今日では多くの国だけでなく、一部の反政府組織までもが破壊力の弱い核兵器を実戦配備している。威力は広島に落とされた原爆の数分の一に過ぎない。その分、使うことに対する恐怖心は小さく、選択肢として考えやすい。その小規模な分ハードルが低く「使いやすい」とされる小型の核兵器が最近になって、2度も使用された。1度目はイスラエルとアラブ諸国との紛争、2度目はリビアのクーデターでの使用だ。だが2度とも地球外テクノロジーのおかげで未然に処理することができた。核に対する警戒感が薄れてきていた矢先の出来事である。この警戒感の希薄を招いている要因の一つは、実際の被爆者が誰もいなくなったからである。250年前には被爆者、被爆2世、3世がいた。この人たちの被爆体験を伝えるという努力のおかげで警戒感は強く保たれていたと推察される。

 

 

 ニナが

「みんなも思いは同じだと思うけど、乗り気じゃない奴はいないよね?」

サラが全員を見渡して

「話は決まった、これからカーラに相談してみる」

さっそくサラはカーラに変身した。化身することでカーラとテレパシー通信ができる。

カーラ・・・相談があるんだ”

サラがカーラからの返信を待って皆に伝えた。

「明日こちらに来てくれるそうだよ」

 

 カーラがソフィアのオフィスに現れたのは翌朝10時頃であった。有事ではなかったので、スーパーツインズとしてのテクノスーツではなく私服姿であった。そして、なぜか眼鏡をかけていた。スーパーツインズの片割れが、カーラ・ファーナムであることは周知の事実であるが、日常生活を送る際には支障をきたすことがあるので、一般人に対しては正体を隠したい時もあるのだ。

 今日のカーラのいでたちは、濃いベージュのワンピース姿で、髪型もスーパーツインズとは違い後ろで束ねていた。眼鏡を着用していると、ちょっと見にはスーパーツインズのカーラと同一人物とは気づきにくいだろう。

 

 カーラはウィン博士を伴って、さっそくラクサム人たちと面会した。

 開口一番にサラが

「スーパーツインズじゃないときは、まったくイメージが違うじゃないか!」

カーラは

「褒め言葉として受け止めていいの?」

「ご自由に・・・ところで、あたしたち暇を持て余してんだよ。相談ってのは、仲間のクリスタが地球のニュースを見て思いついたんだ」

 ニナの後ろにいたクリスタが小さく手を挙げてアピールした。

 クリスタは短髪の赤毛で、エメラルドグリーンの瞳を持っていた。耳は先端が少し伸びた形をしている。皮膚は黒だ。見た目の年齢はサラと同じくらいに見えた。

 

 クリスタがおもむろに話始めた。

「あたしはラクサムの被爆2世・・・両親が被爆してた。2世の多くは差別や偏見を心配して名乗りを上げていないけど、あたしは隠し事が嫌いだったんだ。だけど、それが偏見や差別の始まりだったんだね。悪いことにあたしは放射能のおかげで特異体質だったんだ。放射能汚染の弊害で特異体質のラクサム人が多く生まれた。本来なら死産か、生まれても長く生きられないと思われていたけど、あたしたちは運よく・・・いや、運悪く生き延びたんだ。被爆2世だと明かすと、冷遇され、迫害を受け続け、星を転々としていた時、マリコフに拾われたってわけ」

クリスタが続けた。

「ここにいるあたしたち全員が、核兵器による被害者だよ。地球人が実際に核兵器を使った悲惨な記録は250年以上も前だよね。実際の核兵器による被爆者が誰もいなくなって久しいわけだ。核に対する警戒感が薄れてきているからこのままだと、ラクサムの二の舞になるよ・・・そこで、あたしたちが核への警戒感に対してインフルエンサーになれたたらということだ。どんなに言葉を尽くしても伝わらないかもしれない。いくら想像してもしきれないくらいの出来事だったんだから。だけどこれ以上忘れないように何か心に残すこと、それは二度と同じ過ちを繰り返さないための予防線だ。だから一人でも多くの地球人に伝えたい。それがあたしたちの務めだと・・・つまり、あたしたちをまともに受け入れてくれた地球人に対するせめてもの恩返しだね」

 

 それまで聞いていたウィン博士がやっと口を開いた。

「君たちの思いはよくわかった。核拡散防止条約の再検討会議にあわせ、多くの推進団体が現地でイベントを開く予定らしい。そこに君たちが参加できるように掛け合ってみよう」

 

 ウィン博士はソフィアの創業者の一人だ。クアンタムAI、特にスカイ・フォーに関して国連本部とは密接な繋がりがあるので、NPT再検討会議に出席するメンバーのひとりでもあったのだ。

 

…続く