火星の秘密 | SFショートショート集

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SFショート作品それぞれのエピソードに関連性はありません。未来社会に対するブラックユーモア、警告と解釈していただいたりと、読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。長編小説にも挑戦しています。その他のテーマもよろしく!!

本編は「奇妙な体験」・・・続編です。

 

  さらに、ボブが火星のクレーターで光る物体を見たときから15年が過ぎていた。

 

 しかし、ボブの火星への関心は消えることはなく続いていた。そしてついにあの憧れのテラフォーミング・プロジェクトに参加することができたのである。彼はこれまでに何度となく光る物体の夢を見た。光る物体が彼をテラフォーミング・プロジェクトに引き寄せたといっても過言ではなかった。

 

 火星は温暖で液体の水があった数十億年前には、微生物が生きられる環境だったと考えられており、土壌を調べて生命の痕跡を探して、地球以外に生命が存在したと確認されれば大発見につながる。しかし、いまだにその痕跡は発見されていない。火星の地下に大量の氷が埋まっていることは常識として知られていることだ。人間が火星に住むようになれば、地球の生物が火星に持ち込まれてしまう。人間が持ち込んだ生命体がそこで繁殖し、自分たちが探し求める火星由来の生命を汚染する可能性はないのか。そして火星に生息する微生物が移住者の身に危害を及ぼす可能性はないのだろうか。研究者たちは議論を重ねてきたが、開発の波がいつしかこの疑問の根源を打ち消してしまった。

 

 ここで「テラフォーミング」について触れておこう。

 このプロジェクトは、火星という惑星そのものを人類が呼吸し住むことができるように改造するための壮大な計画なのである。まず火星の冷たい大気を温暖な気候にすることから始めなければいけない。火星の温度を上昇させるための非常に大胆な発想が必要だ。例えば、大量に水を含む彗星を火星に衝突させる、巨大な反射鏡を火星軌道に配置して太陽光を照射させることで地表の温度を上昇させる、火星の衛星から黒い土を運んできて極冠にばらまく、とうものだ。さらに、遺伝子操作で黒色にした苔や藻、微生物を広範囲に繁殖させ、生物学的な方法で太陽光の吸収を高めることで火星の大気を温暖化させようという構想もあった。火星を生存に適した場所に変えるための最大の課題は、惑星全体を温めることと、濃い大気を作り出すことだ。大気が濃くなり、気温が上がれば、液体の水が存在できる状態になる。

 

 10年や20年という小さな単位でできるプロジェクトではない。火星温暖化の第一歩は、数百年の時間を要すると予測する研究者もいる。ボブの一生を費やしても答えは出ないかもしれない。火星で人間が暮らせるようになるには、欠かせないものが水と酸素と生存に適した気候だ。ボブはこのプロジェクトに参加して、これらの要素について日々研究していた。

 

 

 15年前に見た光る物体が忘れられず、ある日ボブはプロジェクトの一員として許されている地殻調査を口実にひとりクレーターに赴いた。もしかしてまた見られるかもしれないという淡い期待感があった。絶対に幻覚ではなかったと今でも信じている自分がいるのである。

 ボブはクレーターに着くなり底面の塵旋風の痕跡を探した。不思議とあの時の様子が鮮明によみがえってきた。

 

「ボブさん・・・」

誰かがボブの名前を呼んだような気がした。そんなはずはない。一人なのだから。

「ボブさん」

今度ははっきりと「聞こえた」

「聞こえた」というのは正しくなかった。

頭の中で「感じた」というほうがしっくりする。

「誰・・・?」

「脅かしてすみません、私はエブァといいます」

「ど・・・どこにいるんですか?」

「姿は見せられません、私たちは地下深いところにいます」

「私たち・・・一人じゃないんだ」

「そうです。私たちは地下で暮らしています。地上に出ることができません。地上の大気は私たちにとっても猛毒なのです」

「君たちはいったい・・・」ボブは言葉に詰まった。

突然の予想だにしなかった展開に頭がついていけない。

声の主は構わず続けた。

「私たちの種族はあなた方の言う火星の住民です」

「火星人・・・」

思わず口に出た言葉だ。これは夢だ。ほほをつねるつもりだったがヘルメットが邪魔をした。

「10歳になったあなたがここに来たとき、私たちはあなたを選びました。あなたが見た光る物はあなたしか見ることができない印でした」

「僕を選んだ理由は?」

「あなた方の言うテラフォーミングにとても興味を持っていましたね。私たちはあなた方の“火星改造計画”にとても危惧しています。15年前のテラフォーミングはとても幼稚な段階でしたが、これから先のステップでは、あなた方のテクノロジーが私たちの生活圏にも悪い影響を及ぼしかねません。それを予測してテラフォーミングに興味を持つ子供に焦点を当てて見守ってきました。あの光る印は、あなたをテラフォーミングプロジェクトに導くための仕掛けでした。あなたが参加するプロジェクトを正しい方向に誘導してほしいのです。私たちは決してあなた方と争うことは望んでいません」

 

 ボブは彼らが火星の先住民であることを知った。何万年も前からここに住みついている。火星は数十億年前には温暖で液体の水があり、生物が生きられる環境だったのだ。酸素を豊富に含んだ大気を作り出すための植物が繁茂していた。だけど火星の大気がほぼ失われてしまった原因があった。磁場を失ったことだ。コアの活動が弱まった結果ダイナモ効果が薄れ、磁場も弱まってしまったのでる。磁場を失った火星は現在よりもはるかに激しい太陽風をじかに浴び、しだいに大気が宇宙空間に吹き飛ばされた。そして空気が薄くなったことで地表の水は蒸発してしまったのだ。地球の場合は中心部には高温で流動するコアがあり、ダイナモ効果によって磁場が発生している。薄い大気の影響で火星の地表温度は下がり、大量の水分は氷になったが、幸い火星の水の大半は、地殻の中に閉じ込められ存在していた。火星の先住民はこの時から地下を居住区に造り替えたのだ。地下で人工の太陽光をつくり植物を繁茂させ酸素を作り出した。テクノロジーは地球人よりも進んでいた。火星人たちは宇宙へ飛び出した地球人とは真逆の発想で地下へ潜ったのである。

 

「私たちはあなたひとりに荷を負わせることはしません。3人のお仲間を選んでおきました。テラフォーミングは私たちと地球人共通の課題なのです」

「あなた方を何と呼べばいいのですか?」

しばらくおいて返事が返ってきた。

「マーシャン・・・」

これがボブに届いた最後のイメージだった。

 

 ボブ・カーヴェルは火星人たちの生活圏の確保という重大な課題を背負うことになってしまった。

 

 

…続く