永住の地 | SFショートショート集

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SFショート作品それぞれのエピソードに関連性はありません。未来社会に対するブラックユーモア、警告と解釈していただいたりと、読者の皆さんがエピソードから想像を自由に広げていただければ幸いです。長編小説にも挑戦しています。その他のテーマもよろしく!!

 2つの選択肢がある。寿命が尽きるまでには最大150年ある。「死」という概念が根底から覆ってしまった昨今であるが、クラウド永住を選ぶ人間はまだ非常に少ない。金銭的にも高額になる。むしろ現実世界での永遠の命を取る人間が圧倒的に多いのが実態だ。では、現実世界での永遠の命とはどういうものかを説明しよう。

 基本的には意識を電子化してロボットに移植することだ。定期的なメンテナンスさえしておけば永遠に生きられる。現実世界だからリスクもある。人間との差別化だ。いくつかの制約が課されている。それでも現実世界から離れられないのは心情的に理解できる。

 

 一方クラウド移住とはどういうものなのか。

 大昔のWebメールではまず、ソフトウエアを自分のパソコンにインストールする必要はなく、自前のメールサーバーを用意する必要もなく、ユーザー登録だけすれば、どこにあるかは分からないが、どこかにあるだろうサーバーとメールソフトを使ってメールの受送信や閲覧ができた。

 このように、ネット上のどこかにあって仕事をしてくれているが、どこにあるかはよく分からないサービスを、クラウドという。現在は人間も頭の中身をクラウドにアップロードして完全にソフトウェアベースとなって、肉体を離れて、クラウドで永遠に生きることができるようになった。

 そこは各個人が何の制約もなく自由に描いた理想郷の世界が広がっていた。人間の数に等しい世界がある。クラウドは無限の仮想空間なのだ。だが、現実世界と常につながっている。クラウド移住するほとんどの人間は寿命を迎えた富裕層の高齢者たちである。富裕層の高齢者たちの多くはクラウドから現実世界を監視するという役目も担っていた。

 

 

 ジェンキンズ爺さんにはもうわずかな時間しか残されていなかった。近親者たちが施術室に集まっていた。爺さんは頭にヘルメットのようなものを被っていた。これは彼の意識を電子化するための装置だ。クラウドにアップロードするための準備は整っていた。

 ジェンキンズ爺さんは集まった近親者たちと現実世界では最後となる言葉を交わした。

「みんな元気でな。わしはあちらでお前たちをずっと見ているからな。何か困ったことがあったらいつでも呼んでくれ」

ひ孫のショウは悲しそうに言った。

「爺ちゃん・・・もう遊んでくれないの?何処へ行っちゃうの?」

7歳になったばかりのショウには「クラウド」といわれても分からない。

「爺ちゃんはね・・・雲の上にある天国に行くのよ」

母親が答えた。

「ショウ、遊びたくなったら呼んでくれ、すぐにお前の所に来てやるよ」

 

 この場の幹事を務めていたショウの叔父が挨拶した。

「それでは皆さん、よろしくお願いいたします。ジェンキンズ爺さんの新たな旅立ち、そしてパーソン家とコグズウェル社の益々の発展を祈念して乾杯!」

 ジェンキンズ爺さんはロボティックス技術を主体として発展してきたコグズウェル社の会長だ。「最新技術と人間の調和」をコンセプトにロボット工学を駆使した技術開発に貢献してきた企業の会長が、「クラウド」で永住するという事は誰も予想していなかったことである。ロボットを作っている会社のトップなら意識を電子化してロボットに移植するという選択が当然のことと予測されていた。 

 

 ジェンキンズ爺さんには考えがあった。ロボットは純粋にロボットであるべきと思っていた彼は実をいうと、電子化された人間の意識をロボットに移植することを快く思っていなかった。が、ロボット産業の発展には必要な処置であった。しかし、いずれAIは人間を超える時が来る。移植されたロボット人間たちは、人間からもAIからも益々卑下される存在になってしまうだろう。そうなることを恐れたジェンキンズ爺さんは、今は富裕層だけの特権のようなクラウドだが、すべての人間たちに開放するきっかけをつくりたかったのである。シンギュラリティは人間たちに重くのしかかるだろう。だが、あくまでもロボットをコントロールするのは人間たちであってほしいと願っていた。クラウドはそうした人間たちの最後の砦となってくれるだろう。ロボットにとって人間は「神的」な存在であり続けることが必要なのだ。

 

 最後にジェンキンズ爺さんはショウに言った。

「お前がロボットを作る時がきたら、是非呼んでくれ。きっとすごいロボットができると信じておるぞ」