《非暴力防衛・いわき》第4号 202Ⅰ年1月
《非暴力防衛・いわき》第4号
202Ⅰ年1月
(1面)
読書会「戦争をなくすために」第七回 報告
2020年12月7日
いわき産業創造館・第2会議室
テキスト:ガンジー「非暴力の抵抗」
(「私の非暴力 Ⅰ」所収)
参加者:6名(うち新参加者1名)
輪読(テキストの要約)
・ 「日本軍がわれわれの戸口にまで迫って来ている。・・・・日本軍が上陸を果たした瞬間に、非暴力の抵抗を始めることになるだろう。・・・・もし日本軍が水を与えよと強要するならば、抵抗者たちはあくまで抵抗して死ぬに違いない。・・・抵抗者たちは、日本人が全く無慈悲でどれだけの人間を殺しても平気でいるのを見ることになるかもしれない。それでもなお非暴力の抵抗者は、屈従よりも全滅を選ぶだろうから、必ずや最後の勝利をかち得るだろう。」
・ 「非暴力の準備をする、あるいはそれを実現する最上の方法は、断固として建設的プログラム(*)を追求することにある。・・・建設的プログラムの裏付けなしに非暴力の力を発揮できると考えている人は、・・・悲惨な敗北をするだろう。」
(*)建設的プログラム
(一)ヒンドウー=ムスリム・・の融和,(二)不可触賤民制の除去、(三)禁酒、(四)紡ぎ車並びに、(五)その他農村手工業の奨励、(六)農村衛生施設の設置、(七)新しい基礎教育と、(八)成人教育の実施、(九)女性の地位向上、(十)保険衛生教育、(十一)国語の普及、(十二)母国語の保護、(十三)経済的平等のための活動
発言(ほんの一部のお項目のみ)
・新参加者の非暴力に関する活動の自己紹介(国際友和会、非暴力トレーニング など)
・安保闘争をしらない若い世代について
・「《防衛》は自衛隊に」という考え方について
・安倍政治への対応について
・コロナ時代の防衛について など
次回
4月5日(月)2時 産業創造館(ラトブ6階)、
テキスト:ガルトウング「日本人のための平和論 第1部:日本の安全保障
3:専守防衛ー丸腰では国を守れない」
連絡先:〒971-8171 いわき市泉が丘2ー3ー4
鞍田方 電話 0246 56 2596
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(2・3面)
Sさんの告白
日本基督教団磐城教会 木村啓子
九年前のあの3・11の日、いわき市豊間の海の近くに住んでいたS氏は津波に流されて亡くなられた。
その二年まえのデイサービスでのこと、その日の朝刊に載った、親が我が子をイジメ殺したことが話題になった。十数人ほどの利用者がいる小規模の施設で、皆でどうしてこんな残酷なことが起こるのかを話していた。そのなかの一人S氏が「豚の親だって我が子を守ろうとするのに・・・人間が何故。私の背中には親豚にかまれた傷が今も残っているんだ。」それから堰を切ったように、いつもは寡黙のS氏が話し始めた。
山形県寒河江市で農家の三男に生まれたS氏は若い時にいわき市に移り、漁業組合で事務の仕事についた。二十代で戦争に行き、そこでの体験談である。
中国へ送られ、戦場は本当にひどいところだった。上官の命令で、女性、子供まで小屋に閉じ込めて火を放ったことがある。上官の命令は絶対だったのだと。それを何度も言う、上官のせいと言いつつとても辛そうだ。戦争の状況は悪化し食糧はなくなって、農家で飼われていた子豚を食べようと三人の仲間と子豚を襲ったとき、親豚が走ってきてS氏に噛みついた。それでも子豚を食べ、生き残ったと話された。戦後、辛いことがあると自分は何をしてきたのか、私は悪いことをしてきたからか、戦争だったから、上官の命令だったからなのに、しかし、この苦労はその時の罰なのかと。
この話を伺って、しばらく私たち全員は何も言えなかったと記憶している。誰も質問も感想も言えなかった。
それからすぐ、デイサービスに払うお金は、アルツハイマー認知症の妻の入院費に使うのでとデイサービスを辞められた。もっとたくさんの経験談があったはずだが聞くことはかなわず、残念。まさか、その二年後の大地震と津波、S氏は流されつつ何を思ったことだろうと新聞の訃報覧を見ながら祈った。
戦争とはこういう事。九十一歳で地上の生活を終えるまで苦しむこと。
「非暴力、非武装」しか平和は作れない。襲われたら、怖くて震えながらも非暴力を続ける、その訓練と覚悟が出来ますように。私の一番の祈りである。
今、コロナ禍のなか、読書時間がタップリのはず、「戦争は女の顔をしていない」「戦争で死ぬこと」「ショック・ドクトリン」など積んでいる。ゆっくりしか読めない。戦争とはなにか、非暴力、非武装を学ぶ時間が与えられている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(新年の想い)
ガンジーにさえ出来なかったことを!
ガンジーは言ったとのことです。
「私のような非暴力の極端な信者なら、軍隊を完全に解散することにする。」
「もし私に政府が任されたならば、私は別の道を選ぶ。なぜなら、私の下では軍隊も警察も設けないからだ。」
「しかし、その道をたどるのは私しかいない。誰がついてくるのだろうか。」
これに対して、後継者ネルーは、
「ガンジーが提案しただろうと同じように、国は防衛のための軍隊を放棄するぐらいの勇気を持たなければならない、ということを私は政治家として提案できない。」
日本は・・・私どもは ガンジーにさえ難しかったこのテーマに挑戦しようというのですから 大仕事ですが、傷んではいても憲法という砦を生かし、非暴力防衛の実現の道を切り開きたいと思います。 鞍田東
(4面)
非暴力抵抗で
国の尊厳、国民の生活と権利を守る気概を(旧稿)
真の世界政府が存在しない以上、国と国民には、国の尊厳と国民の生活と権利を自ら守ろうという姿勢が必要です。しかし、軍事力でこれが守れるというのは 歴史に照らせば誤った思い込みです。どの国も、自国の安全の為に、仮想敵国を上回る軍備の強化を図り、双方が傷だらけになるまで戦うに至ったのですから。
他方には、非武装・中立を国是とし、外交努力をつくし、にもかかわらず、万一、非道な武力侵攻があったばあいには、抵抗せずに命を守るのみという意見もありますが、これは、無政府状態から脱し、人類の共存を目指して一歩づつ歩んできた努力の歴史を冒涜するものでしょう。
しかし、人類の英知は、戦争を放棄し、しかし、非暴力抵抗で国の尊厳、国民の生活と権利を守るという道筋を生み出すに至っています。 非暴力抵抗で独立を勝ち取ったインドを先頭に、ナチスドイツ占領下での北欧諸国やソ連支配下での東欧諸国が非暴力抵抗の経験を積んできました。
ただ、そのためには 誰かに守ってもらうのではなく、国と国民一人一人が 侵略に屈せずあくまで非暴力で抵抗するという覚悟を共有することが必要です。日本国憲法は 人類の歴史で初めて歴史と道理に学び、このような防衛を宣言したのです。誇りを持ってこれを守りませんか。
(2016年11月
朝日新聞・憲法特集への投稿・不採用)
・・・・・・・・・・・・・・
《紙上読書会》へのご参加を!
新型コロナ肺炎の感染が落ち着くのは いつの事でしょうか?
その間 集まっての話し合いは慎重にした方がよいのかもしれませんが、かねがねお考えになっていたこと、最近の出来事についてお感じになったこと、お読みになったご本についてなど このささやかな会報を使っての意見交換は継続したいと思います。
ご寄稿・・・メール投稿歓迎・・・を期待しています。
メールアドレスak3501@hotmail.co.jp
Facebook 読書会・戦争をなくすために