「ボスニア戦争とヨーロッパ」を読んで
「ボスニア戦争とヨーロッパ」N・ステファノフ M/ヴェルツ編 佐久間稔訳(朝日新聞社) 1997年発行
内容は 1994年にフランクフルトで開かれた国際会議「ボスニアとヨーロッパ・・・紛争の原点」で発表された論文・報告・討論(参加者30人)のうち13人のものが収めてあります。
今更ですが 不勉強であったボスニア戦争について知ることが出来、様々な問題について考えさせられました。
その中で「非武装・非暴力でどこまでのことが可能なのか」について とても考えさせられました。
「(いわゆる)民族」を超えて民主的な社会を構築しようという努力が存在したが、この努力は 軍事力の不足・・・西欧諸国が 侵攻してくる外部の軍事力への抵抗を「内戦への不干渉」という口実で躊躇ったために報われなかったと言う。
(例)
「是が非でも平和なのか?」ハリー・バウアー、トーマス・キミッヒ(ドイツ)の『無防備で危機に立たされうえいるリベラルで市民的・批判的な一部ボスニア市民男女が、自分たちの社会を守るための、武器を求めていることに、ボンの自称”無権力者”たちはこれまで一度も関心を寄せたことがないのである。』261㌻ という言葉は 私には とても重い!
ただ このような事態を身近に感じたヨーロッパの人たちが、このような人たちを孤立させず、非暴力で支援したいと思ったであろうこと、その結果として 大規模・国際的な市民のチームである『非暴力平和隊』のようなもの存在が是非必要と思った気持ちが 分かったような気がしました。