何やら先日、

「芸術家とはこうあるべき!」

と、いいはられてから、胸くそ悪い。

のであります。



少し前になりますが、

ウェブページのデザインを依頼されました。

時間もえらい少なく、無理のヤリに対応したのですが、

ご依頼者の反応は、

「もっとアーティスティックに!」

。。。





芸術とは、何か!?

これを今、定義するのは難しいし、

あまり意味がないと思われます。

個人で定義することは可能だけれど。。

国や地域、文化や宗教、言葉や時代・・・

あわわわわ。。

ええい、ひとつに定義してくれるな!

言葉で表現しきれないから、カタチにしてんだよぉ!!

ヤーヤーヤー!!!



かつて、プロレスについて作家の村松友視は、こう定義しました。

「プロレスとは、底の丸見えな底なし沼である」


現・全日本プロレス社長の武藤敬司。

「プロレスとは、ゴールのないマラソンである」


アントニオ猪木。

「プロレスとは、闘いである」


ジャイアント馬場。

「プロレスとは、プロレスである」


嗚呼、ボクはやっぱり、プロレス好きよ。すきすき。


でも、美術には、「好き」と全裸で、胸張って、世界の中心で、

堂々と叫べないくらい複雑怪奇に、はまっちまってるのです。



とりとめもないですが。。

それでもまわっている地球に感謝。





先日、Twitterでフォローが500間近になったとき、


もうすぐ500。フォローミー!



と、甘えてみました。



それを読んだ不快感を表した主婦の方が、


芸術は言葉じゃない!

黙々と作品を作って活動するのが真の芸術家だ!(あんたはニセモン!)


と、立て続けに噛みついてきてくださいました。



数か月前。

とある公募展で入選し、授賞式に出席した際のこと。


壇上に立ったあるギャラリストが、


自分の表現をきっちりと言葉にもできて、コミュニケーションを

とることまでできて、アーティストだ!


と、おっしゃられていました。



うむ。

どっちも一理ある。



数年前。

芸大の講評会でのこと。


ある学生が教授に言いました。

私は、そこらへんを歩いているおばさんでもわかる作品をつくりたい。


教授。

それは、そこらへんを歩いているおばさんをバカにしてるよ。


うふふ。

ボクは、教授のくだりが好みだなぁ。




びいなっつ-sp1995


1995年の自画像

キャンバスに油彩 45×62cm 1995年
部屋を片付けていたら、書き留めておいた映画の一節が記されたメモが出てきた。

「ニューシネマ・パラダイス」で、アルフレードがトトに言っていた言葉。

NY留学前に何度か読み返したりしたけど、なんかいまの自分の胸に妙にしみた。



ここにいると自分が世界の中心だと感じる。

何もかもが不変だと感じる。

だがここを出て2年もすると頼りの糸が切れる。

会いたい人もいなくなってしまう。

年月を経て帰郷すれば友達や懐かしい土地に再会できる。

今のお前には無理だ。

お前は私より盲目だ。

人生はお前が見た映画とは違う。

帰ってくるな、私たちを忘れろ。

手紙も書くな、郷愁に惑わされるな、我慢できずに帰ってきても私の家には迎えてやらない。

分かったか。

人生はもっと困難だ。

お前は若い、前途洋々だ。

私は年寄りだ、もうお前とは話さない。

海を越えて届くお前の噂を聞きたい。