トイレので神様に祈る話をしました。
詳しくはこちらから。
どうしようもない事実に打ちのめされた時、人々は神に祈る。普段は見えにくいけども、しっかりとした信仰の灯火は日本人の心にもあるのだ。
神様という超常的なモノならば、この信じ難い困難を解決してくれるはず!
腹痛はさすがに専門外のような気がするがw
人が神の必要さについて語る時に、この2つは外せないだろう。
信仰によって救われる
道徳心の後押し
聖書には逸話がたくさん載っていて、その中には道徳を説くものも多い。日本でいう、古事記に書いてある「 因幡の白兎 」のようなものだ。
神様が見て、自分を律してくれる。
因幡の白兎を読んでも、そんなことは思わないのである。
ここで問題になるのが道徳!
日本では無宗教!とみんな言うがね?
実は儒教にどっぷり浸かってるw
儒教とは孔子を祖とした宗教。
なのだが!
孔子って哲学者なのよねww
今、みんなが欲しがる渋沢栄一が近代風にアレンジ。
戦争が終わって、荒廃した街と人の心を救うのは道徳心!というわけで教育にも広く取り入れられた。
なので、この似たような価値観というモノが出来上がるんだけども!
考えとは時代、土地柄、年代で変遷していくもの。不安定なモノである。
そして。
正しさを発揮するのには、強さが必要。
良い子ぶってる!偽善者!
多くのギャラリーに指を指されると、良い事をしているはずなのに自信を失ってしまう。
そこで!「 神様が見てる 」ですよ。
良い行いも、悪い行いも!神様の前で胸を張って出来ますか?というね?
でも神様って誰
他の国では小さな頃から聖書を読み、ミサを含む集会へ赴き宗教となじみが深い。
日本は宗教や信仰の自由が法で保障されているので、誰にも強制されることも勧められることもなく大人になる。
気付いた時には信徒!という人もいるけど、大抵の人には信じる神様はいない。
はい、そこで最初の仏像。偶像の話ですよ!
人は仏像に何を見ているのかというと、己の心の中にいるカミサマを投影している訳です。
そのカミサマが何者であろうとも。
そう。
ルルーシュが好きならC.C.でも良い!









