最近、興味のある講座説明会に参加しました。金額を聞いた瞬間の迷いと同時によぎった感覚。人は「痛みと快楽」の天秤で行動を決める——その心理を体験を通して感じたのです。
最近、興味のある講座の説明会に参加しました。
同じジャンルで2つ。
どちらも魅力的で、心が惹かれる内容でした。
この分野には、気づけば長く触れてきています。
日常の中で自然と実践してきたから、多少の知識も経験もある。
だからこそ、もっと深く学び、論理的に人にも説明できるようになりたい。
今までは、私自身が欲して取りに行き、結果として必要だったから取りに行ったんだと思えることばかり。
それを何度も経験して実践してきたけれど、所詮独学だし、経験値でしかない知識。そう思っていたから参加したのですが。
説明会で生まれた迷い
けれど、金額を聞いた瞬間、心の勢いがすっと静まりました。
現実的な計算が始まり、同時に遠まきで見始める私。
「この金額は何の対価?」——そんな声が心の奥から聞こえてきました。
私の中に“すでにある”感覚
「これって、すでに私の中にあるんじゃないか」
「すでに知っていることなんじゃないか」
もちろん、体系立てて学べば新しい発見はあるはず。
でも今の私が欲しいのは“知識の追加”よりも、
日々の実践で育ってきた感覚を確信に変えたいだけなのかもしれません。
さらに“コミュニティに属すること”にも魅力を感じました。
安心も刺激も得られるから。
行動を決める「痛みと快楽」の法則
人の行動は大きく言えば「痛みを避け、快楽を求める」動き。
- お金を払うのは「痛み」
- 学びや成長は「快楽」
天秤にかけて、快楽が痛みを上回れば人は動きます。
お金という痛み/学びという快楽
私が躊躇したのは、「すでにある」と感じたことで、
新しい快楽(変化の実感)が少し弱く見えたから。
もし「これで確実に未来が変わる」と体でわかるほどの像が見えたら、
私はきっと迷わなかったはずです。
人を動かすなら“嬉しさ”を見せる
反対の立場ならーー商品やサービスを届ける側になったとき。
支払いの痛みを上回る「嬉しさ」「楽さ」「変化後の日常」を、
相手がはっきり想像できる形で示せるかどうか。
それが、心をやさしく前に押す力になるのだと思います。
私は今回、無理やり押されている感覚、引っ張り込まれる感覚があって、そこも立ち止まる理由になりました。
だからこそ、私が能動的でありたいのです。
今日の私の答え
今回の2つの講座のことで、ひとつ分かったことがあります。
私が欲しかったのは、知識そのもの以上に、
「夢中になれる、楽しめる」という実感——
つまり快楽の側だということ。
お金という痛み、知ることの快楽。
すでにあると感じる安心、新しく踏み出すワクワク。
そのあいだで揺れる心を、今日は見つめてみました。
あなたの天秤はいま、どちらに傾いていますか?
