「なんで、あんな言い方をしてしまったんだろう」
心を許していたはずの相手に、冷たい態度をとってしまった過去。
思い出すたび胸が痛むのは、その人が本当に大切な存在だったから。
今だから向き合える、愛し方を知らなかった頃の私との対話。

 

 

 

大切な人ほど、なぜ傷つけてしまうのか

大人になってから、ようやく思い出せるようになったことがある。

あの時、私が誰かを傷つけてしまった場面。
無意識に放った言葉、沈黙の冷たさ、あからさまに態度に表した落胆。

今になって、ふと浮かび上がるようになった。
忘れようとしていたわけじゃない。
ただ、当時の私には、それらと向き合う余裕がなかったのだと思う。

「愛し方」を知らなかった頃の私

未完成だった私を受け入れられなかった私が、
未完成でもいいんだと、やっと思えるようになった今だから。

私はようやく、「自分という他者」との静かな対話を始められている気がする。

心を許した相手にほど、甘えと期待が膨らんだ

子ども時代の「理解されなさ」は、
そのまま大人の私の恋愛や人間関係に染み出していた。

私はずっと、「理解者」を探していたのかもしれない。

ようやく自分を受け止めてくれる人に出会えたと思った。
結婚相手に、私はその幻想を重ねた。

親に気持ちを伝えられなかった理由

理解してもらえない前提で、生きてきた

親に気持ちを伝えようとした記憶が、ほとんどない。
なぜか。
——伝えても、どうせ理解されないと知っていたから。

頼らないと決めた子ども時代の覚悟

でも、それだけじゃない。

話せば聞いてくれる。
でも、聞いた先に「何か」があった記憶はない。

理解した風の返事。
でも、何もわかっていない。わかろうとさえしていない。
世間体、保身、誰もが自分を守ることの方を優先する。
親だって同じだった。

真剣に向き合って、悩みや苦しみを超える道へと導いてくれることもなかった。

大人だからって、親だからって、
誰もができるわけじゃないと、今ならわかる。

できなかったのだ。
子どもの言う「くだらないこと」に構っている時間も、心の余裕もなかった。
子どもの私に、うまく伝えるスキルもなかった。

そしてきっと、伝わらないこと自体に苛立っていたのだと思う。

あの頃の私は、
「わかってもらえない」ことが悔しくて、悲しくて、
でも「伝わらない」と見切ったときには、もう、
自分の中に言葉をしまってしまっていた。

それが習慣になっていった。

結婚相手に重ねた“理解者”という幻想

依存と愛情の境界線が曖昧だった

でもそれは、救済を他者に託すような、依存のかたちだった。

「見てほしい」「気づいてほしい」「そばにいてほしい」
その願いが叶わないと感じた瞬間、怒りが湧いた。

「こんなにも私は差し出しているのに、なぜ?」

その怒りは、相手を責める言葉になり、
沈黙というかたちの暴力になってしまった。

沈黙の暴力と、無意識の支配

「私の痛みを癒して」と願う気持ちの裏側

心を許した相手にこそ、攻撃的になってしまうのはなぜか。
きっと、「わかってくれて当然」と思ってしまうから。
「私の痛みをあなたが癒して」と、無意識のうちに期待してしまうから。

でも、それは愛ではない。
それは、相手の自由を奪う支配だ。

思えば私は、「愛されること」ばかりを求めていた。
「どう愛するか」なんて、考えたこともなかったのかもしれない。

愛するとは、違いを壊さないこと

不器用さを受け入れるという関わり方

今ようやく、わかってきたことがある。

愛するとは、理解することじゃなくて、
相手の“違い”を壊さないこと。

沈黙を疑わずに受け取り、
不器用さを「無関心」と決めつけず、
相手の輪郭を、丁寧になぞるように関わること。

それは——
過去の私には、まだできなかったこと。

私はただ、愛し方を知らなかっただけだったのだ。

未熟だった私との、静かな対話

ようやく始まった“自分という他者”との関係

「わかってほしい」と思うのは自然なこと。
でもその願いがうまく届かないとき、
私はどんなふうにそれと向き合えばよかったのだろう?

問いは、今も私の中にある。
でも今なら、その問いに背を向けずにいられる気がしている。