繋がらないシリーズ②
Wi-Fiが切れた。
当然、私ひとりではどうにもならないと思い、夫に連絡した。
「まず、この順番で・・・」
「AとBを入れ替えて、ケーブルは・・・」
「もう一度、戻して・・・」
——既に何度も繰り返した動作確認や画像の送信が何日も続いている。
夫は親切だった。
仕事中だろうに、合間を見て返信をくれた。
やるべきことを順を追って指示してくれた。
だけど——
それが、私にはストレスだった。
自分のタイミングや気分ではなく、
“言われたから動く”という状態が、
どこかで私を追い詰めていたのだと思う。
「相談=やらなきゃいけない宣言」になる。
一度相談したら、もう「やらない」「やれない」という選択肢はない。
指示が来たら、動かないといけない。
私の感情やタイミングなんて、そこには存在しない。
HSPだし、ADHDだし。
でも、それを「できない理由」にしてはいけないことも知ってる。
指示はしてくれる。
だけど、
理解が追いつかなかったり、
端折られて混乱したり、
それ以前のゼロベースで説明してもらわないとわからなかったり——。
家にいないのに、根気よく説明して導いてくれる夫を、人として尊敬した。
同時に、投げ出したくなっている自分が情けなかった。
何度もややこしい確認作業をさせられて、
「もう、Wi-Fiなんてなくていい!」って言いそうだった。
毎日、泣きそうになりながら、淡々と作業に集中した。
「何度も同じことを聞いてしまう自分」が、悔しかった。
Wi-Fiが繋がらないのは私のせいじゃないから、
できなくてもいいのに。
できて当たり前じゃないのに。
できない私を、見透かされている気がして、プライドが傷ついた——
そう言えるかもしれない。
「わからない自分」を見せることへの、無意識の恥や恐れ。
それが、まだ私の中にあるのも自覚してる。
夫は忙しい中、疲れている中で調べたり、プロバイダと連絡を取って対応してくれているのに。
やさしい夫の対応すら、責められているように感じてしまう。
まるで、自分が“ダメな人”みたいな気分になって、
何度もため息をついた。
夫は悪くない。
むしろ、感謝している。
私は、「助けられること」が、なぜか心地悪かった。
私は、何をそんなに守ろうとしているの?