あっけなく終わる関係って、
こんなにも心に残るものなんだ——
今なら、そう言える気がする。
あのときの私は、突然すべてが断ち切られて、
何がなんだかわからないまま、ただ呆然としていた。
「仕方ないよね」
「終わるって、そういうことなんだよね」
何度もそう自分に言い聞かせた。
でも、本当は——
心の奥でずっと問い続けていた。
——どうして?
どうして、こんな形で終わらなきゃいけなかったんだろう。
理由も、言葉も、時間すらも与えられずに、
「もう連絡しません」
ただそれだけで、全てが終わってしまった関係。
それがどれほど私の中に、
「終わっていない感情」を残したのか、
しばらく気づくことすらできなかった。
![]()
私は、ただ出来事が過ぎていくだけでは満たされない。
「なぜそうなったのか」
「自分にとって何だったのか」
それを知りたくて、意味づけを求めてしまう。
でも、突然の終わりはその権利さえ奪う。
まるで小説のページを途中で破られ、
読み進めることも、読み返すこともできないまま、
物語の文脈が失われてしまったみたい。
「終わらないまま、終わってしまった物語」
に囚われ続けてしまう。
![]()
その物語が美しいまま残っているからこそ、苦しみも伴う。
このあっけなさが、関係を永遠に閉じ込めてしまうから。
ほんとうは分かってた。
うまくいってない瞬間も、
小さな違和感や寂しさも、
ちゃんと感じていたはずなのに。
でも、綺麗なまま止まった記憶は、
いつまでも私の中で再生される。
まるで、最終回を迎えられなかったドラマのように。
未完のものほど、人は手放せない。
それは、想像が補完し続けて彷徨い続けるから。
![]()
どこかで私は、「ちゃんと終わること」に執着していたのかもしれない。
でも、本当の人生はいつも途中で、
人との関係も、完成形を迎えるとは限らない。
過去の出来事に意味を与えるのは、結局自分自身。
他人に理由をもらえなかったのなら、
自分で自分に語りかけて理由を作るしかない。
「ちゃんと終われなかったのは、私が悪いわけじゃない」
「答えをもらえなかったことは、不完全であることを引き受ける勇気だったんだ」
そんなふうに、自分に優しく言い直すこともできるはず。
![]()
「あっけなさ」は、私を深く海底まで沈めた。
でもその暗闇の景色を知らなければ、
私はこんなふうに自分と対話することもなかった。
感情を抑え、「仕方ない」で蓋をしていたあの頃よりも、
今の私は、ほんの少しだけ自由になれた気がする。
たとえ未完でも、答えがなくても——
生きるとは、そういうことなのかもしれない
と、どこかで静かに受け入れ始めている。
それは、諦めじゃない。
物語にならなかった痛みすら、自分の生きた証にしていく——
それが、私が選んだ新しい生き方。
