東日本大震災から10年が経ちました。 

ニュースや特番を見ながら、息子に当時の記憶を聞いてみました。

息子は当時、小学1年生。

帰りの準備をしていた時に揺れがきて、机の下に潜ったと言ってました。

頻繁にアラートが鳴っていた事。 

家の家具が全部斜め向いちゃってた事。

断水した事。

給水に並びに行った事。

友人の家でお風呂に入れてもらった事。

ざっくりと憶えている様でした。

「○○ちゃん宅でお洗濯させてもらってね、」

ってはなしをしたら

「あ、水を分けてもらいに行ったにしては長居だなと思ってたけど、洗濯してたんだ?!」

と。

あれ?知らなかったのか。


当県は震度6弱〜6強。

我が家のあたりは6弱の揺れでした。

東海村には原発もあり、ここが事故をおこすと日本でいちばんの避難民が出ると言われてます。

(そうなると私の実家も範囲内だったり)

他人事ではないんですよね…

県内も津波や液状化などの被害がありました。

電車も4月中までストップし、静まり返った夜がとても印象に残ってます。

何気なく見たTVのゲストコメンテーターが復興支援金の配分の話題の時に、「なぜ関係ない県にも配分されるのか」と当県をあげていて、傷付いた記憶も。

ちょっと、いや、かなり根に持ってます…


計画停電があり(当県は被災地という事で外されましたが)暗い街。

その頃に「嵐のワクワク學校」というイベントがあり、当選していたのですが、こんな時に行くのは良くないよね?と思い、欠席するつもりでした。

でも夫が「せっかくだから行ってきな」と言ってくれて参加することにしました。

東京ドームシティも街灯が消えていて真っ暗!

会場でお隣り席になった人は同県で、液状化被害のあった地域の方でした。

コッチの方が暗いね〜

家の屋根にブルーシートかかってないのね〜

なんて話ながら、イベントを楽しみました。

あの時ほどエンタメがあるっていいなぁ、と思ったことはないかも。


あれから10年。

まだ10年。

被害の跡が消えていくと記憶も風化していきがち。

それは責められるべき事ではないけれど、忘れてはいけないところもあります。

311は防災について考える日になりました。


最近地震がまた増えてるからなぁ。

皆様も、ご家族と話し合ってみてくださいね!