ギリギリまで悩んでましたが、坊っちゃんの「観てみたい!」の一言に「がってんだ!!」とポチりました。
U-25チケットの有り難さよ



という訳で「TERROR テロ 」観劇してまいりました♪
先ずはパンフレットを購入。
1000円だなんて、お買い得

坊っちゃん熟読してました。
内容は法廷劇。
板上には椅子とサイドテーブルがあるだけ。
コッホ少佐の裁判を、観客は参審員として参加し、「有罪」か「無罪」かを投票する、といったもの。
判決によって「言い渡し」が替わるマルチエンディング。
客電は灯いたまま。ステージ上だけでなく、ホール全てが審議の場という雰囲気を演出している。
全世界ではかなりの回数上演されていて、日本でも朗読劇として4回上演されたそう。
国民性なのか、「テロ」に対しての意識の違いなのかはわからないけれど、欧米では圧倒的に「無罪」。日本、中国では「有罪」が多かった(日本は4回全て有罪)。
こういった情報を事前に知っていると、判断が情報に左右されてしまうんじゃないか?と思ってしまう。
実際はそんなことなかったけれど。
最後まで、悩んだな。
命令違反による撃墜。しかしそれは軍人として成すべき行為との考えであった。証人の中佐も「軍人としての行動」を理解しており(自分もそうしたであろうと発言しているし)、それ故に少佐がそうするであろうとの推測によりスタジアムの避難指示がだされなかった。
少佐は知性的・模範的な人物で、犯罪歴もない。裁判の対象となった罪を認めている。
ハイジャックされた飛行機では、占拠されたコックピット内に乗客が突入を試みていた。
あの時撃墜されなければコントロールを奪取できたのではないか?
また、スタジアムは15分で観客の避難が完了すると唱っている。ハイジャック発覚から50分、完全避難は可能だった。
命の重さは人数で決まるのか。
大事の前では小事は赦されるのか。
7万人を救った英雄なのか、164名の命を奪った殺人者なのか。
論告、弁論で参審員(観客)に揺さぶりをかけてくる。
人はモラルを基準とするが、状況によって簡単に変化する不確かなものである。だから基準となる法がある。命の重さは同等。例外を作ってはならない、と。
如何なる時も人の尊厳を守る。はたしてそれで惨事を止める事ができるのだろうか。それはイニシアティブをテロリストに渡す行為に等しいのではないか、と。
現実の世界でも、テロに対する姿勢は厳しい。
民間人を盾にするテロリストに「犠牲を払ってでも屈しない」と強い発言がしばしばある。
テロの脅威を対岸の火事のように見ている自分にはピンとこない部分。精一杯想像するしかない…
投票は箱に赤い券をどちらかに入れるというやり方で、客席とロビーの2箇所で行います。
だから、開票されるまでまったくわからない。
私が観た回は「有罪」
その差わずか9票。
帰り道、坊っちゃんがどちらに投じたか教えてくれました。
彼は「無罪」に投票。
観劇前は
「え~~
そんなの決められないよ~
」
そんなの決められないよ~
」なんて言ってましたが、ちゃんと考えたようです。
幕間に
「検察官、すっごく意地悪!嫌い!!」
と言ってたので…まさか、そんな理由じゃないよね 

そう聞いたら「失礼なっ
」と怒られた(笑)
」と怒られた(笑)事件は2017年(原作では2013年)。
被害者側の「コックピットに突入」は9.11以降、コックピット内からしか開閉出来ない仕様に変更されていて、不可能に近い事。
サッカースタジアムに突入した場合、スタジアムの構造上、旅客機が原型をとどめる可能性が低い事を考えると、乗員の生存は望めない事。
また、スタジアム近郊の被害もあるであろう事 。
それらを総合して考えると、犠牲を最小限に抑えた、と考えられなくもない。
ただし、軍・政府があらゆる手段を尽くしたかは疑問が残るので、コッホ個人ではなく、組織を相手に裁判をおこすべき?
との意見でした。
ほんと、真面目に聞いて、真面目に考えたのね。
かーさん嬉しいよ

「無罪判決の方も観てみたいなぁ」
なんて言ってましたが(たいへん珍しい!)、投票で決まるから無罪が出るまで通わないと無理

感想文、原稿用紙3~4枚提出で!
と言ってみたら「余裕♪」と返ってきた。
じゃあ、5~6枚で!と増やしてみたら「小学生の感想文まで品質が落ちます」との事。
枚数で品質って変わるんだ…(笑)
っていうか、ちゃんと中学生の品質で書けるのか?!
私はずっと小学生レベルだけどね 

こういう作品を学校の芸術観賞に取り入れてくれたら良いのに~!と思う母でした。
