僕たちは 「朝ごはん→昼ごはん→晩ごはん」と、自然に思ってるけど、それすらも“分からなくなる”というのは、本人にとっても混乱だろう。
「ねえ、変な話なんだけどね……私、なんか夢の中にいるみたいなのよ」
母がぽつりとつぶやいた。
「朝だと思ったら、昼になってて。昼だと思ったら、昨日だったりするのよ。まるでテレビのチャンネルが勝手に変わるみたいに……わけがわからないの」
その言葉に、僕はぐっと黙ってしまった。
母の中では、世界の歯車がゆっくり、でも確実に狂ってきている。
その中で、母なりに「何かをしよう」としている。
けど、空回りしている。
だから――パンやゼリーをつまんで終わる。
それを「食べた」と思ってしまう。
「……俺、作るよ」
そう言ったとき、母は少し驚いた顔をして、それから笑った。
「まぁ、男の子が台所に立つなんて、ねぇ……あの世のばあちゃんが見たら腰抜かすわよ」
そんなこと言いながら、嬉しそうだった。
料理といっても大したことはしない。
キャベツと玉ねぎ、椎茸をざくざく切って、耐熱ボウルに入れてレンジでチン。
味噌汁はわかめと豆腐で簡単に。
ごはんは玄米か麦ごはん、パックを温めるだけ。
食卓に並べると、母はじっとそれを見て、つぶやいた。
「……こういうのが、食べたかったのかもしれないね」
それが母の、精一杯の「ありがとう」だった。