「ねえ、これ、すごく美味しいのよ」

母が嬉しそうに見せてくれたのは、
焼いた食パンにスライスしたバナナを乗せたものだった。


しかも、それを朝昼晩、三食食べていた時期がある。


「お母さん、そればっかりじゃ、栄養が……」

と言いかけて、やめた。


たしかに、もう何十年も前なら

「母に注意する」

なんて考えもしなかった。


でも、いまや私が主たる介護者。

立場が逆転したということだろうか。


――とはいえ、母は母である。


私が子どもだった頃から、

全力で私を育ててくれた、あの母だ。


母は少しずつ、物忘れが激しくなっていった。


今ではさっき話したこともすぐ忘れてしまう。


でも、笑うんだ。

些細なことで、ころころと。


医者に連れていって、あれこれ検査してもらったけれど、異常なし。


「ご飯は3食ちゃんと食べてますか?」


先生のその一言に、私は小さく苦笑した。


「はい」とは、とても言えなかった。