帰宅難民 | Islander's Journal

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そのとき思ったことを書いてる、日記。


地震の日は、珍しく研究室がほぼ休み状態で、14時に学校を早退していた。


久しぶりの、平日昼間の時間を得て、ルンルンで渋谷に行き、Loftの地下1階で手帳を物色していた訳だ。



最初、ぐらっときたときは、「あ、また貧血かな?」って思った。


でも、顔を上げたら、みんながきょろきょろして、出口へ向かっていた。



「あ、地震なんだ。」



焦らず、歩いて外に出た。


そしたら、止まったトラックがゆさゆさ揺れてた。

隣り合ったビルが交互に揺れてた。

通りの向こうのお店のマネキンがゆらゆらしてた。

建物から人がいっぱい逃げてきた。


他にもいっぱいあったけど、忘れた。


駅に向かうと、電車が全部止まっていた。


数時間、復旧の目途はたっていないと。


その間にも、何度も揺れる。


電話が全く繋がらないが、かけまくる。

冗談でなく100回くらい試して、奇跡的に秋田のおばあちゃんに繋がる。

とりあえず大丈夫なことを確認。


渋谷駅で4時間くらい待ったが、どうしようもなさそうなので、行動開始。

今から思えば、行動が遅かったな、と思う。

発生直後くらいに、池袋行きのバスに並んでいれば、学校に戻れたかもしれなかった。

次があっては困るけど、万が一の時は、そうしよう。


とりあえず、水と食べ物を買おうと思って、コンビニに行く。



・・・・・。


(((゜д゜;)))


なんにもない・・・・・。



おにぎり、お弁当、パン、肉まん系、なんっっもない。


びっくりしたよ。棚が白い!!って思った。


なんとが薬局で、水とカロリーメートを確保。


次にビッグカメラが営業を再開していたので、充電器を購入。携帯が復活。


なんとか学校に戻ろうと、してみるが、バス乗り場は、ありえないくらいの長蛇の列。


歩くほうが早そうだ、と、交番で道順をスピーカーで放送していたので、聞きにいく。


いや、やっぱ学校まで歩くのは無理だ。道が分からなすぎる。


この時点で、JRは終日運休を発表していた。

だったら、線路歩かせてくれ!!と思った。線路辿れば、歩けるよ!!


・・・ということは、野宿の可能性が出てきたわけだ。

寒い。それは困る。


よし、ビジネスホテルでも探そう。

どこ行っても、ロビーに人があふれかえっていて、とても無理。


「青学の体育館が避難所として解放されています。そちらに向かってください」と、ホテルのフロントスタッフの人が言う。


青学なら場所分かるわ。

行こう。


そこならトイレもあるだろうし。


結局、そこで夜を越しました。


ホッカイロと、防寒シートのありがたみが身にしみた。


それでも、ものすごく寒かったから、外で野宿したら、本当に寒かったと思う。


水と非常食のリッツも配られて、助かった。

本当に、避難所を運営してくれた方々に感謝、感謝です。

自分も被災しているのに、色々してくれて、本当にありがたかった。


もしも、万が一、自分が運営する側になったら、頑張りたいと思った。

もちろん、避難所が必要になる事態にならないのが一番良いんだけど。




朝になり、田園都市線の混雑もピークをだいぶ過ぎた辺りに家に帰りました。


地元駅に着いた瞬間に、お腹すいた。


ぐううぅぅぅぅぅぅ・・・・・。


帰ってきて、初めてテレビを見て、津波の映像を見て、愕然とした。


一晩帰れなくなったくらいで弱気になった自分が恥ずかしかった。



家の部屋は、ちょっとした事になっていたけど、もう復興完了する程度です。なんてことありません。



まだ揺れが結構続いてる。




被災地の人が、安心できる日が一日でも早くきますように。