周りを見渡すこと
担当*れら
お久しぶりです。れーらの登場です。
たまちゃんのブログ更新熱が高いセットポイントに移行し、
定期的に感動する記事やら面白い記事やらを読ませて頂いては癒され、
エネルギーを貰いながらも、怒涛の看護学生生活を送っている私です![]()
しばらく記事を書かないでいたのですが、
その理由を考えてみては、
自分の中に
「忙しいからだ」
と、とっても単純な結論が出る毎日でした。
だけど、なんだかそれって嫌だったんです。
自分が「忙しい」と言って何かにのめりこみすぎてしまう様が、どうも他のものや人を軽々しく遮断してしまうことでもあると思い、苦々しいのです。
そんなことを普段から それなりに 考えてはいたのですが、
つい先日の病院実習を終えてからは、特に気にするようになりました。
守秘義務があるゆえ実習についての詳しいことは書けませんが、その実習を通して、
「忙しい」とは、本当に誰かを遮断してしまう言葉であり態度なんだ
と、改めて感じました。
きっと多くの方が容易に想像できるように、それは看護師と患者の間で起こる関係性からの事象でもあります。ですが私が考えるに、看護師と患者家族、医師、コメディカル、ひいては看護学生との間にもそのようなものが存在するのです。
すると、届いてほしい声や情報も行届かなかったり、協力関係も構築されずに物事が回転しないことが多いように思います。
きっとこれは、ある程度は致し方が無いことだと思うのです。
人間、おかれた環境の全方面に100%の力で対応が出来るわけではありません。
そして人によって何に重きをおくのかはそれぞれですよね。
他者が自分に求めるものと実際に提供で出来るものとの間にものすごく差が出てしまうこともざらにあります。
別に、場面によってはそれで良いと思うのが私の意見です。
だけど、
実習を支えてくれている身近な人や家族
同じように頑張っている仲間
実習を受け入れてくださった先方の方々
このような人々に対しては、言葉や態度によるシャッターをおろしてしまうのはどうかと思ったのです。
ただでさえ気を遣ってくれている人も居れば、本当は何かを私に話したくて我慢しているような人も居るかもしれません。そういうものを、簡単に遮断してしまうのは、相手のためにも自分のためにもならない気がするのです。
それに、大変だとか忙しいとか思えば思うほど、気持ちが詰まりきってくるのも事実ですしね。
それでも「忙しい」って、なんとも言いやすい言葉ですよねぇ。
私も自身で考えていることが完璧にそう出来ているわけでもありません。
ただ、心掛け続けていきたいと思えたことが、とても大切なのだと思ったので、書き残しておきます。
ちょろちょろとでも、何か記事にしていけたらよいなぁ(´・ω・`)