変化する
担当*れら
えー、たま氏とは異なり、どうにもこうにも自分をみつめ直す系の記事が多くなりかけているれーらです。
言い訳としては、看護学校はそういう授業がとても多いです。
ヒトと接するお仕事に就くわけですから、まずは自分を知らないとね
というカリキュラムに埋もれる今日この頃です。
でもこの埋もれ具合が堪りません。←
元来自分の傾向や癖や性格について考えるのが好きな質なので
レポートも授業も楽しくウキウキこなしております。
ですが、単純に楽しいことばかりではないんですね。
優性思想について
虐待への依存について
自身がエラーを起こしやすいポイントについて
そのような具体的に答えが無いものや永遠の課題などについても、自身の傾向と照らし合わせて考えていく講義も多いです。
その中でも私が最近よく考えるのが
変化を受け入れる姿勢についてです。
看護学校に入り、今までとはまた違った時間の使い方になりました。
特に現在、15回分の授業が終わるのも科目毎にまちまちのため、週一のテストが9月から11月まで続くというよくわからない事態になっています。
大学では前期後期とキレイに分かれていて、毎年8月と1月には意地でも15回をその期間内に終わらせる大学側の息の荒さが伝わってきたものでした…
が、現在在籍する看護学校では、常々アドレナリンマックス状態のカリキュラム担当職員と教員が「とにかく1年生で全部ちゃんと終わるように!!!」と息どころか声を荒らげています。
こんな状況下におかれた社会人や現役生達
順応性が高いのは、どちらだと思います・・・?
正確にはいえませんが、これ、半々ぐらいなんですね。
まだまだ無垢な現役生はこれを看護学生の日常としてすんなり受け入れたかと思うと、そうでない現役生もいます。社会人についてはもう少しややこしく、個々人の様々な背景によって考え方が全然違います。
そんな社会人について。
私の学校の一学年の生徒の半数は、社会人経験を持っています。
20代もいれば30代もいて、中には40代の方も頑張っておられます。
そして現役生の18,19の子たち。
この看護学校の目まぐるしさに上手く適応していけない社会人を見ていると、皆、何処かで何かに意地になっている気がします。。それは勿論私も例外ではありません
私も最近やっと自覚したのですが、大学時代のようにノートを全てキレイに取りまとめて万全の状態でテストに臨むというスタンスを通そうとすると、今度は違うものが犠牲になるのです。
だけど、負けず嫌いで変に手を抜けない私。しばらくは一生懸命手を動かし頭を動かし、休息の時間も大してとらずに走り回っていました。
そうしたら、9月の末ぐらいには死人のようになってしまいました![]()
全てに苛苛して、上手くいかないことにもどかしくなって、延々と続くテストに
どう対応したらよいかわからなくなり、上手く休めないことによって色々と溜め込み→片頭痛で爆発。という、なんとも短いスパンで色々と上がったり下がったりをしていました。
その後は、自身の拘りのせいで自己を束縛している部分を緩めていかないとと意識するようになり、段々と気持ちも体も楽になってきました。
やっぱり、変わらなければ、生き残れないんですね。
そんなことを文字通り片頭痛で痛感しました![]()
こういうことが考えられるのも、看護学校に在籍しているからこそなのかなと思います。