レラっタマログ。管理栄養士な2人の日々(´-ω-`) -117ページ目

一年。

投稿:たま

長らくご無沙汰しておりましたがこんにちは、たまです🐱

言い訳はしません。
色々な理由により書いてないことは事実です、待ってくれている方(いるのか?)ごめんなさい(;´Д`A






さて






あれから一年が経とうとしていますね。

はっきりと覚えています。
模試の日でした。

午後、お昼を食べて、わっかんないなーと思っていたら



ゆらゆらゆらー ゆっさゆっさ....



と、長い鈍いような揺れ。

みんな机の下に潜って

でもあの部屋はものが落ちるような天井ではないので
私は潜らないでいて

悲鳴をあげる子や
泣く子がいて

こういうところでパニックになってはだめだよと
なだめて

第一の揺れがおさまったところで芝生の広場に避難して

でも教室に戻ったとたん

第二の揺れがきて




模試は当然中断。

そのときは、この振り替えはいつやるのだろう
とか
成績は出るのだろうか
とか

それくらいしか考えてなくて

そのときすでに震源は東北の方らしいとは聞いていて

でも被害状況とかは知らなくて

今思うと、

試験を目前に控えた私達にショックを与えないように
学校は情報を最小限しか示していなかったように思う。

頼みのケータイも
ネットも
Twitterも
当然繋がらず


それで、帰ろうとしたら

電車は全路線ストップの知らせを受け

あれ?そんなにすごい揺れだったっけとか思いながら

動くまで待っていよう

と、勉強しながら待っていたら
学校も被害状況を把握して
これは
と思ったらしい。

学生ホールでテレビをつけてニュースを流し始めた。




信じられなかった。




誰か知らなかったけど

東北の方が出身らしい後輩が

泣き崩れていたのを

覚えている。





私はといえば

ニュースをちらりと見て

震源の場所と
マグニチュードの数字と
津波の映像を
確認したところで

怖くなって

テレビのない
図書館に行って
勉強し始めた。

なにも頭に入らなかったけど。




その夜のことは、去年の記事に詳しく書いてある。


冷たい硬い床で寝て、
このことを記録しなくてはと、一生懸命FACEBOOKにメモをして

次の日の卒業式のあとに食べるはずだった
立食パーティーのごちそうを朝ごはんにして

昼まで勉強して、帰った。



実家に帰った方がいいのかと思ったら
お前の住んでるところはうちより高度が高いし、地盤も固いから
そこにいろと言われた。

じゃあなにかあったら家族バラバラじゃないか
と思ったけど
確かに実家は、江戸時代は海だったようなところだし

もしかしたら、

うちの親は

なにかあっても私と兄が無事ならいいと、思ってるのかもしれない

と、今はわかる。



学校で友達と勉強したかったけど

電車がなくて行けなかったし

家で一人で勉強するしかなかった。

被災地の情報をようやく覚悟をして、把握して

募金できる額は、少ないし

私にできることは節電しかないと思って
なぜかこの時期に室内温度2℃だった家で最小限の明かりで勉強してた。

数日して落ち着くと
もう少し明るい、人のいるところで勉強したいと思って

近所のデニーズで
朝から晩まで勉強した。

大きい道路沿いだから大きなトラックが通るだけで
揺れるデニーズで、だから余震のことは考えずに勉強できた。

息抜きに、Twitterで少し会話をして
母と電話をして、

ブログは
せっかくTwitterがあるのだからと、
拾った情報を選んでURLを載せた。

誰かが見て、誰かの役にたてればいいなと思って








あの日のことを忘れない。

忘れられない。

今あるこの状況に感謝をして、

今を一生懸命過ごしていきたい。





一刻も早い復興と、心と体の回復を心よりお祈り申し上げます。



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