「三途の川を半分わたりかけていましたよ。」と言うドクターの話。今では冗談に聞こえる。

 

ここ一ヶ月ばかり、ブログが書けなかったのは、9/9(救急の日)の早朝、急性心筋梗塞を起こし、近くの三宿病院へ入院していたのだ。

朝3時ころ、手洗いに立ち、水を飲んで寝ようとすると、背中に急に痛みが。これは尋常ではないと思い、カミさんを起こし救急車を呼ぶ。

慶應義塾病院、東京共済病院ともNGで、残ったのは、三宿病院だけ。ここへ担ぎ込まれた。意識覚醒中、眼の前でどんどん作業が進む。腕と脚からステントが入る。ドクターや看護師の怒号が聞こえる。記憶にないのだが、処置中、数分心停止が起こり、

スタッフたちがAED、心臓マッサージで支えてくれ、程なく意識が戻ったらしい。約2〜3時間の処置後、HCU(ICU)に移された・・・。不思議にも、死ぬかもと言う意識は全く無かった。

 

ここ1ヶ月位、通勤のとき中目黒駅まで歩くだけで、背中に差し込むような痛みがあった。駅で少し静かにしていると引いてしまう。既にこの段階で狭心症が起こっていたらしい。

又9/1の慶応病院の神経内科の定期診断時、血液検査でDダイマー値、その他で引っかかっていた。珍しく担当ドクターが「胸苦しくないですか?違和感ありませんか?」と盛んに聞き、脈診や心音を聞いてくれる。ここで、もっと痛いとか、おかしいとか訴えたら良かったのだが、鈍い自分は大丈夫だとやり過ごした。まさか心臓にきているとは思えなかったのだ。心臓には何故か絶対の自信があったのだ。

 

さて、三宿病院に戻ろう。

二晩ここで過ごし、月曜から脚や腕の管が外され、個室に移る。心臓リハビリが始まる。個室なので、テレビは無料で見放題。ラッキー。担当のドクターは、「血流の悪いところがあるので、バイパス手術になりそうです。一番危ないところは閉塞率が95%になっています」と言う。殆ど血液が流れていない。「ああそうですか。」と言う以外の選択肢は僕にはない。バイパス手術の覚悟を決めていた。親友が4月にその手術で助かっていた。どうせバイパス手術してもらうなら、こんな野戦病院みたいな古いところは嫌だ。何時もの慶応病院に移りたいと考え、その話をドクターにした。

 

通常心筋梗塞は、症状が出て90分以内に処置にかからないと危ないと言われている。僕の場合は40分だったらしく、十分な時間があった。

一本目の緊急ステント治療が終わり、心臓リハビリが始まっても、脈拍、心電図、血圧、などの乱れが少なく、一週間後カテーテル検査を行ってもらった結果、心臓に十分な血流戻り、且つ心臓の動きを示す左心室の動きが58あり、通常の人(60くらいあると言われている)とそう変わらないということが解ってきた。つまり心筋梗塞による心臓のダメージが極小であることが解ってきた。バイパス手術を推奨していたドクターも、「これならステント治療で対応可能です。」と前言撤回し始めた。すべての条件が、「短期で回復」と言う方向に変わってきたのだ。こうした中、僕はこの野戦病院のような古い病院の献身的なスタッフやドクターたちに、徐々に愛着を感じ始めていた。ここで命が救われた、という実感とともに、徐々に好きになり始めていた。ドクターから今後の手術計画を聞いているうちにこの病院で、最後まで治療を受けたい、という気持ちが強くなってきていた。そういうことから僕は、ドクターに「先生の考える2度に分けたステント治療を是非受けさせてください。」とお願いした。

 

9/9に緊急入院し、19日間病院で過ごし、9/27に一旦退院、自宅に戻れた。10/4再入院し、10/5二度目のステント治療、10/7再度退院、10/11再入院、10/12三度目のステント治療、10/14退院、と言うプランであった。手術中は意識覚醒のまま、淡々と進む。ドクターのプロテクターは、迷彩柄で覆われている。後でなぜかを聞くと、「ここが僕の戦場ですから。」と言う。流石自衛隊中央病院のドクター。物凄く高いプロとしてのプライドと自信だ。「はいでは、これで治療終わりまーす」と言うドクターの声で、「自分は確かに助かったんだ。」という実感が湧いてきていて、手足が針だらけで痛いことなどすっかり忘れていた。心臓の薬を30日分貰い、退院後の拘束は一切なし、仕事の復帰もすぐにオッケーとなった。

 

多くの人が、諸般の事情で命を落としてしまう心筋梗塞。僕のケースは本当にラッキーだった。最初に一旦心停止があったにも拘らず。慶応病院へ引き継いでもらえるような資料類はすべて持たされている。生きているぞという確かな手応え。太陽の光、金木犀の香り、コーヒーの香り、すべてが愛おしい。

 

この運命の変遷、死から生へという9回裏、ツーアウト満塁で、逆転ホームランのような瞬間。これを幸運という以外に何というべきか。5年前の脳梗塞時のような悲壮感はない。あるのは、命あることに対する輝きと生きている喜びだけだ。image