ももちゃんと、二人三脚。

ももちゃんと、二人三脚。

エンジェルガイダンスカウンセラー・ヒプノセラピスト
葉月のブログです。
2012年5月22日に、2歳11か月で光の世界に帰った娘、
百花と一緒に “二人三脚” で
天使ママさんのお手伝いをしています。

前回記事を書いた後、急激に日本と中国の関係が悪化してしまいました。

 

 

このようなタイミングで中国関連の話ばかり続けて書くのは少し気まずくもあるのですが、昨晩友人(前回の記事とは別の人です)が教えてくれた話を聞いて、少し思うことがあったので、その内容を記事にさせていただきたいと思います。

 

 

顔真卿(がんしんけい)という人物についての話なのですが、書道に詳しい方以外には日本ではあまり名前を知られていない方ですので、記事の前半で、顔真卿について、どのような人物だったのか?ということと、彼が生きた時代のごく簡単な説明をさせていただきます。

 

面倒な方は、前半はざっくり飛ばして後半からお読みくださいねウインク

 

 

 

また、後半の顔真卿の文章の中に、少し過激な表現がありますので、大切な人を亡くしたばかりの方や、気持ちが落ちていらっしゃる方は、ご注意ください。

 

 

 

 

雪の結晶 雪の結晶 雪の結晶 雪の結晶 雪の結晶 雪の結晶

 

 

顔真卿は中国の唐の時代の人物です。

 

非常に有名な書道家で、私も高校生の頃、書道の授業で顔真卿の書を臨書したことがあります。

 

友人によると、彼は孔子の弟子である顔回の子孫であり、また彼の家門は非常に忠義で有名な一族なのだそうです。

 

顔真卿は若くして科挙の試験に合格し、中国史でも屈指の忠臣であり、唐代隋一の学者・芸術家としても知られているとのことです(これはWikipediaからの補足情報です)。

 

 

 

顔真卿、天から何物も与えられすぎやん!

チートやん!驚き

 

 

私はそんなふうに感じたのですが、友人が私に話したかったのは、そんなことではありませんでした。

 

 

顔真卿が役人であった正にその時代に、安史の乱が勃発します。

 

安史の乱は安禄山の乱とも呼ばれ、世界史上最大の死者を出した人災であり、その死者の数は3600万人と言われています。

 

玄宗皇帝の寵姫であった楊貴妃の養子である安禄山と、その部下の史思明によって引き起こされた反乱のことです。

 

 

この安史の乱で、顔真卿は同じ一族の顔杲卿(がんこうけい)やその息子の顔季明(がんきめい)とともに、劣勢であった唐のために挙兵しました。

 

 

しかし、顔杲卿たちは味方の軍に見殺しにされます。


顔季明は父親の顔杲卿の目の前で殺され、顔杲卿もまた凌遅刑という非常に残酷な方法で処刑されてしまいました。

 

 

凌遅刑がどのような刑罰であるかは書きませんが、ご興味のある方はネットで検索してみてください。

 

 

雪の結晶 雪の結晶 雪の結晶 雪の結晶 雪の結晶 雪の結晶

 

 

 

 

急いで駆けつけた顔真卿は、大切な身内である顔季明の遺骨を見つけた後、758年に祭姪文稿という文章を書きました。

 

 

この文章の内容は、非常に感情表現が強烈であるとのことで、友人ができるだけマイルドな言葉に訳してくれましたので、友人の言葉そのままに、紹介させていただきます。

 

 

少し日本語が不自然なところもありますが、雰囲気を壊さないため、また友人の感情も同時に伝えたいため、修正せずそのままにさせていただきました。

 

 

 

ああ、わたしの甥の季明よ!

生まれながらにして聡明で、物事をよく理解し学問にも励む君が、立派な家を築き家名を輝かせる日を心待ちにしていたのに。

安史の乱が起きると、君は命懸けで常山と平原の間を行き来して情報を伝えた。

河北十七郡の兵馬を集結させ、鎮圧の目処が立ったと思った矢先、味方軍が君たちを見殺しにし、常山はすぐに反乱軍に陥落した。

 

君と父の杲卿は捕虜となった後も、死を恐れず降伏しなかった。

反乱軍は父の前であなたを殺害した。

君が逝ったのはまだ20歳にもならない頃だった!

その後父も反乱軍によって残酷な凌遅刑に処され、顔家の30人以上が、ただそうして刃の下の亡霊となった……

 

わたしは人を遣わして君たちの遺骨を探させたが、最終的に持ち帰れたのは君の頭蓋骨だけだった。

他の骨は全く組み合わせられない。

この頭蓋骨を見ながら君の昔の姿を思い出すと、心の中の悲しみと憤りが潮のように押し寄せてきた。

あの逆賊どもは極めて残虐だが、見殺しにした人々もまた共犯ではないのか?

家は代々忠義を尽くしてきたのに、こんな末路を辿るとは。

この世にまだ正義はあるのか?

 

ああ、わたしの甥よ。

わたしはこの祭文で君を偲ぶ。

もし君が黄泉で知っているなら、今わたしのこの悲痛と憤慨が分かるだろう……

 

 

 

 

 

 

 

顔真卿は、顔季明の頭の骨を抱き、泣きながらこの文章を書いたのだそうです。

 

 

一族が味方の軍によって見殺しにされた悔しさは、私は体験したことがないので完全には理解できないかも知れません。

 

ですが、大切な人々を亡くした顔真卿の悲しみは理解できるように思います。

 

 

 

 

どれだけ人として正しく生きても、理不尽に命を散らされることがあります。

 

また大切な人がこの世を去ることによって、残された人々の心に、とんでもなく大きなトラウマが残ることもあります。

 

 

そのような出来事に対して、私たちはどうすることもできないけれど、ただ私たちは、そのことについて「理不尽だ!」と表現することはできると思います。

 

 

私はこの顔真卿の話を友人から教えてもらい、彼が己の気持ちを激しく表現していることについて、とてもいいな、と思いました。


私たち日本人は、周囲の人の心に配慮して、自分自身の心の中にあるネガティブな感情を表現することをあまり良しとはしませんが、辛くてたまらないときには、もう少し悲しみや苦しみの感情を表に出してもいいのかも知れないな、と思います。


私が顔真卿の文章に心を揺さぶられたように、自分が表現した悲しみの気持ちが、自分以外の誰かの悲しい心に響くこともありますから。



 

 私は友人が訳してくれた祭姪文稿を読んで、顔杲卿と顔季明を亡くした悲しみと悔しさ、そして味方の軍に対する怒りを抑えることができなかった顔真卿の気持ちに共感し、涙が出ましたし、また遠い過去の歴史の中に、大きな悲しみを共有する仲間が一人増えたような、そんな気持ちになりました。

 

 

 

 

お久しぶりですびっくりマーク

 

 

8月に大阪府内から近隣県へ引っ越しまして、なんやかんやとバタバタしているうちに、ずいぶん時間が経ってしまいましたウインク


 

大阪の家はそのまま残してあるのですが、たまにしか帰りませんので、今後ブレスレットの修理などで、宅配便で送っていただく場合、新しい住所の方に送っていただくようお願いします。

 

必要な方は下記メールアドレスにご連絡ください。

 

momocafe608☆gmail.com

(☆を@に変えてください)

 

 

 

 

 

 

 

ところで、私は5年半くらい前に、こんな記事を書きました。

 

 

コロナウイルスと長屋王の供養

 

 

コロナが流行り始めたばかりの頃、とある日本の団体がコロナで苦しむ中国へマスクとともに送った言葉

 

『山川異域 風月同天(あなたと私は 住んでいる場所は違うけれども、互いに同じ風を感じ、同じ月を見ている。)』

 

 

についての記事です。

 

 

 

この言葉は、当時すごく苦しんでいた中国の人たちの心を大きく動かした、という記事なんですが・・・

 

 

 

まあ当時はそれなりに話題になりましたが、日本人も中国人も、もうこんなエピソードはすっかり忘れていますよね。

 

正直、私も忘れてましたしあせる

 

 

国と国の関係も、国民同士の印象も、むしろ当時よりもさらに悪くなっているのかな?と感じます。

 

 

 

ウクライナとロシアの戦争を見ていても、個人や民間の団体がどんなに頑張ったところで、国と国の関係が改善したり、戦争を回避したりすることなんかできないのだろうな、と正直、無力感でいっぱいになったものでした。

 

 

 

でも最近になって、そうではないのかも、やはり個人や民間団体がやることにも意味があるのかも…と思えるような出来事があったので、ここで共有させてくださいね。

 

 

私は台湾が大好きで、台湾で使われている中国語(台湾華語)を勉強していて、ネット上で台湾の人たちと日々チャットしているのですが、たまに台湾ではなく中国の人も声をかけてくださるんですよ。

 

そのサイト上で、去年仲良くなった中国の広東省に住む友人が、この言葉をとても気に入っていて、私が凹むたびに月の写真と共に、この言葉を送ってくれるんです。

 

 

 

大丈夫やで。

空を見てみ。

月が見えるやろ。

あなたは一人やないよ。

あなたから私が見えなくても、私はあなたと同じ月を見てる。

同じ月を見上げて、きれいやな~って思ってるんよ。

山川異域 風月同天

 

 

 

自分の大切な人はこの世にいないのだから、同じ月を見れないなんて、そんなはずはないよ。

この世を去った人は、宇宙のどこかにいてるんやろ?

そしたら絶対同じ月を見れるよ。

だから、言うてあげてね。

大丈夫やで、私もあなたも同じ月を見てる。

山川異域 風月同天

 

 

友人の日本語はまだまだヘタクソなので、私が意訳したんですけど・・・

 (ベタな大阪弁なのは、友人が話す時、普通話に広東語を混ぜるからです。)


 

この友人も、コロナ禍に本当にひどい目にあって、今でも時々泣いてます。

 

 

たぶん人間は、一人では生きていけないようにできているんだろうな・・・

 

 

 

 

友人の言う通り、この世から去った大切な人々も、私たちがいる場所と全然違う所へ行ってしまったわけではないんです。

 

ほんの少し、在り方を変えただけなので。

 

 

 

だから、一緒に月を見られると思います。

 

愛する人と一緒に、月を眺めてみませんか?

 

 

 

 

今日は半月で、何かすごく中途半端なタイミングで記事を書いてしまったな、という気持ちはあるんですがあせる

 

 





友人が送ってくれた月の写真です。

 

出羽三山参拝ツアーの翌日は、junesさんに山形を案内していただきました爆  笑

 

山形観光するにあたり、私はどうしても村山市にある居合神社へ参拝したかったので、junesさんにお願いして、連れて行っていただきました。

 

 

 

私は、学生の頃から百花を出産する少し前まで、居合道という武道を習っていました。

 

私が所属していた流派は無双直伝英信流といいますが、居合道には他にも多くの流派があります。

 

 

時代小説がお好きな方でしたら、もしかすると池波正太郎の『剣客商売』の主人公である秋山小兵衛とその息子大治郎が無外流居合道の達人であったことをご存知かも知れませんねウインク

 

ちなみにこの小説はテレビドラマにもなっていまして、秋山小兵衛を藤田まことさんが演じていらっしゃいました。

 

 

居合神社には、この居合道の開祖である林崎甚助重信公がお祀りされています。

 

 

 

居合を習っているとき、こちらの神社のお守りをいろんな方からいただきました。

 

所属していた道場の先生方からもいただきましたし、別の道場の先生からいただくこともありました。

 

居合道関係者にとって、この神社はまさに聖地なのでしょう。

 

 

 

当時の私はそれほど稽古熱心ではなく、マイペースで扱いにくい弟子だっただろうと思いますが、

「どうか、この子が居合を好きになりますように。居合が上達しますように。」

と願ってくださった先生方の想いが嬉しくて、今でも私の刀袋にはこの神社のお守りがぶら下がっています。

 

 

 

 

 

 

 

頭が大きくてずんぐりした感じの狛犬さんがかわいいですラブ

 

 

 

 

 

 

こちらの神社の神さまは、とても若々しくて(二十代半ばくらい?)穏やかな方だと感じられました。

 

 

 

剣術の修行というのは、あなたは刀を振り回すことだと思っているかも知れませんが、そうではありません。

 

一番大切な修行は、肝心な時に心を平らかにすることなのです。


ですから、あなたはもう刀を振るうことはないかも知れませんが、今でも剣術の修行をすることができるのです。

 

これからもずっと、心を平らかにする修行を続けてください。

 

 

 

 

今は下の娘のことで手いっぱいで、とてもではないですが居合の稽古などできそうもありません。

 

それに、いつかまた居合の稽古をしたい、という想いももうなくなってしまいました。

 

それでも居合の神さま林崎甚助重信公が、ご自身を始祖とする流れの末端に、今も私が存在すると認めてくださっているのであれば、私はあちらの世界に帰るその時まで、『心を平らかにする修行』を続けていきたいと思いますニコニコ

 

 

 

ところで、この日は朝早く(9時頃)に参拝させていただいたため、まだ社務所が開いていませんでした。

 

私は今回初めて自分でこちらの神社のお守りを買うつもりだったので、少し気落ちしていたところ、神社の横にある道場にいる方にjunesさんが

「お守りを買うことができませんか?」

と聞いてくださいました。

 

そして、道場の中にいらっしゃった方が教えてくださった神職さんのお宅に伺って、無事にお守りを買うことができました‼️

 

 

 

 

こんなお守りです(ちょっと光が映り込んでしまいましたが)爆  笑

 

 

 

あと、こちらの神社の御朱印帳も買わせていただきました。

 

「本物の西陣織を使っているので、値段がちょっと高いんですけど・・・」

 

とおっしゃっていましたが、買わなければずっと心残りになると思ったので、買いました。

 

 



3000円でした(そんなに高くない)ニコニコ

 

 

 

 

長くなりましたので、次の記事に続く予定です。

引き続き、出羽三山ツアーの記事になりますニコニコ

 

 

 

もし、今回の出羽三山ツアーで一番印象に残った場所はどこか?と訊ねられたら、私は

「湯殿山です。」

と答えるでしょう。

 

こちらで感じた山や神さまのエネルギーは、私の想像していたものとはかなり違っていたからです。

 

ですが残念ながら、湯殿山での体験は「語るなかれ」・「聞くなかれ」と戒められているそうで、写真撮影も禁止されています。

 

 

なので、神域に入るまでと山を下るときの写真だけ、ご紹介させていただきますね。

 

 

 

 

 

神社の前の鳥居がものすごく立派でした❗️

 

この辺りはまだ写真を撮っても大丈夫のようです。

 

この場所の爽快な空気感が伝わるといいなあ、と思います爆  笑

 

 

 

 

 

 

お昼ご飯、私はこの日も肉そばにしました。

 

ここのお店は豚肉が入っていました。

 

junesさんは、

「通常の肉そばの肉は鶏肉で、豚は例外です。」

とおっしゃっていました。

 

腹ごしらえを終えたら、いよいよ湯殿山神社へ向かいます。

 

 

 

 

 

 

 

この辺りから、一気に場のエネルギーが変わります。

 

エネルギーに敏感な方は、この神社は感動すると思いますよ。

 

そして残念ながら、ここから先のことはお伝えすることができません。

 

ご興味のある方は、ぜひ一度参拝してみてくださいねウインク

 

 

 

 

 

さて、湯殿山神社からの帰りはバスチームと徒歩チームに分かれました。

 

バスチームを率いるのは白陽さん、徒歩チームを率いるのはjunesさんです。

 

 

徒歩チームが出発した後、私も徒歩で山を下りたくなって、慌てて徒歩チームを追いかけたので、

「あれ?葉月さんはどこ行った?💦」

と、白陽さんを焦らせてしまったと後で知りました…


非常に反省してます笑い泣き

 

 

 

 

景色がめちゃ綺麗です。

 

 

 

 

山姥を祀る祠に参拝します。

 

 

 

 

大きなトンボが飛んでいるし、水溜まりにはオタマジャクシがたくさん泳いでいるし、知らない花もあちこちに咲いているし、最高です爆笑

 

 

 

 

 

 

 

 

ツアーの最後にこんなすごい神社へ参拝させていただいて、しかもそれを記事に書くことができないので、どうやってこの長い記事を締めくくったらいいのか分かりません笑い泣き

 

 

なので、今回のツアーを通して考えたことを書かせていただきますね。

 

 

 

まず、今回のツアーに参加してくださる予定だったのに、残念ながらご都合が悪くなってしまい、ご参加いただけなかった方が2名いらっしゃるんです。

 

そのうちのお一人は、まだ一度もお会いしたことはないけれども、ずっと以前からお会いしたいと願い続けていた方だったので、私もすごく残念な気持ちがありますし、もうお一人の方は今回のツアーで初めてご縁がつながった方で、ツアー後に何度かやり取りをさせていただいて、やっぱりいつか絶対にお会いしたいな、と強く思いました。

 

 

こういう時に、『お会いできなくて残念』という気持ちよりも『いつかまた!』という気持ちを大切にすると、何か良い未来に繋がる気がします。

 

 

 

私は数年前に山形へ行くチャンスを逃してしまい、残念だなあ!と思いつつ、ずっと

「山形行きたい!」 「出羽三山行きたい!」

と言い続けていた結果、junesさんと白陽さん、そしてご参加くださったみなさんのおかげで、ただ自分一人が山形へ行くよりも、ずっと素晴らしい体験をすることができたと思います。

 

 

だから、今回お会いできなかった方とも、いつか子どもたちが用意してくれた最高のタイミングでお会いできたらいいなあ!

そして、素晴らしい時間を共有できたらいいなあ!と、考えています。

 

 

 

今回のツアーにご参加くださったみなさんや、この記事を読んで

「いいね!」

と思ってくださった方とも、またいつか、素晴らしい時間を共有できたらいいなあ!と思っています。

 

 

 

それから今回のツアーは、junesさんの発案力と白陽さんの抜け漏れのない完璧な段取り力によって、こんなに素晴らしいものになったのだと思います。

 

出羽三山ツアーを私の一生の思い出になる、最高の旅にしてくださって、本当にありがとうございました!!

 

 

 

 



 

 

 

 

長い記事にお付き合いくださり、ありがとうございました。

 

 

 

あともう一つ、山形の旅、番外編の記事を書かせていただく予定です。

 

よろしくお願いしますハート

大阪の天王寺に、堀越神社という神社があります。

 

 

 

とても清々しい空気に満ちた神社で、時々参拝させていただいていますが、今回の山形出羽三山ツアーの直前にも、こちらの神社へ参拝させていただきました。

 

 

なぜなら・・・

 

 

 

この神社の御祭神の中の一柱に蜂子皇子(はちのこのおうじ)という神さまがいらっしゃいまして、この方が出羽三山を開いたと言われているのです。

 

せっかく出羽三山へ行くのだから、蜂子皇子さまから参加者のみなさん宛にメッセージを受け取ってお伝えしようと思いまして爆  笑

 

 

ツアー当日に蜂子神社の前で受け取ることも考えたのですが、何かトラブルが発生したり、緊張してうまく受け取れない、なんてことがあるかも知れませんので、私の心の安寧のために💦 事前に受け取らせていただきました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、ツアーの続きですニコニコ

 

食事会の翌日、早朝にホテルを出発し、羽黒山にある出羽三山神社へ向かいます車

 

 

 

到着爆  笑

 

 

 

 

 

 

 

山の霊場特有のエネルギーがあります。

 

カツーンと頭に響く感じではなく、足元の方からじんわりと体全体を整えるようなエネルギーのように思われます。


京都の鞍馬山のように重低音が大地から響いてくるような感じではなく、静かであり、また自由自在な感じがします。

 

そして、私がよく参拝する平地の神社の神さま方は、たくさん語って言葉によって人間に何かを伝えようとなさる感じがありますが、山の神さまはどちらかと言えば無口で、人間が山を歩くことによってそれぞれの人が自らに必要な何かを体得することを目指しておられるような印象があります。

 

こちらの神さま方は、まさにそんな感じの神さまだと感じました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出羽三山へ行きたい!と思ったきっかけが、この五重塔でした。

 

美しいですよね~ラブ

 

こちらの五重塔は国宝に指定されていまして、平将門が創建したといわれているそうです。

 

 

 

平将門さまも、私の大好きな神さまなんです。

 

あらゆる方面に優秀で、バランス感覚に優れていて、格好いいなあ!と思います照れ

 

 

 

 

 

 

 

五重塔へ行った後、車で移動し、三神合祭殿にお参りします。

 

杮葺(こけらぶき)の屋根がとても美しくて迫力がありました。

 

 

 

 

その後、蜂子神社へ参拝し、蜂子皇子さまからみなさんへのメッセージをお伝えさせていただきました。

 

 

 

 ブログを読んでくださっているみなさんにも、蜂子皇子さまからのメッセージを共有させていただきますね。

 

 

 

みなさんは、愛する人を『信じる』あるいは『信頼する』という課題を持っています。

 

愛する人の『何を』信じるか?というのは、一人一人違っているでしょう。

 

しかし、学びとしての意味は同じです。

 

信じていても、すぐに不安があなたの心に襲いかかってくるでしょう。

 

しかし、どれほど不安になっても強い意志を持って信じてください。

 

自分が信じると決めたことを信じ続けるということは、とても高度な学びです。

 

しかし、信じることにはとても大きな力があります。

 

信じることそのものが愛です。

 

愛しているからこそ、余計に不安になると思いますが、それでもなお、信じることで愛を送り続けてください。

 

 

 

 

こんな感じのメッセージでした。

 

 

蜂子皇子さまは、

「複雑でややこしいことは難しそうに思われるが、実際にはそれほど難しくない。

 

逆に単純なことほど難しい。

 

『愛する』とか『信頼する』とかいうことは、簡単そうに聞こえるが、これを実践するとなるととても難しいものだ。」

 

ともおっしゃっていました。

 

 

難しいことですので、うまくいかない日があるかも知れませんが、それでも愛する人を信じ、信頼という愛を送り続けられたらいいなあ・・・と思います。