前回記事を書いた後、急激に日本と中国の関係が悪化してしまいました。
このようなタイミングで中国関連の話ばかり続けて書くのは少し気まずくもあるのですが、昨晩友人(前回の記事とは別の人です)が教えてくれた話を聞いて、少し思うことがあったので、その内容を記事にさせていただきたいと思います。
顔真卿(がんしんけい)という人物についての話なのですが、書道に詳しい方以外には日本ではあまり名前を知られていない方ですので、記事の前半で、顔真卿について、どのような人物だったのか?ということと、彼が生きた時代のごく簡単な説明をさせていただきます。
面倒な方は、前半はざっくり飛ばして後半からお読みくださいね![]()
また、後半の顔真卿の文章の中に、少し過激な表現がありますので、大切な人を亡くしたばかりの方や、気持ちが落ちていらっしゃる方は、ご注意ください。
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顔真卿は中国の唐の時代の人物です。
非常に有名な書道家で、私も高校生の頃、書道の授業で顔真卿の書を臨書したことがあります。
友人によると、彼は孔子の弟子である顔回の子孫であり、また彼の家門は非常に忠義で有名な一族なのだそうです。
顔真卿は若くして科挙の試験に合格し、中国史でも屈指の忠臣であり、唐代隋一の学者・芸術家としても知られているとのことです(これはWikipediaからの補足情報です)。
顔真卿、天から何物も与えられすぎやん!
チートやん!![]()
私はそんなふうに感じたのですが、友人が私に話したかったのは、そんなことではありませんでした。
顔真卿が役人であった正にその時代に、安史の乱が勃発します。
安史の乱は安禄山の乱とも呼ばれ、世界史上最大の死者を出した人災であり、その死者の数は3600万人と言われています。
玄宗皇帝の寵姫であった楊貴妃の養子である安禄山と、その部下の史思明によって引き起こされた反乱のことです。
この安史の乱で、顔真卿は同じ一族の顔杲卿(がんこうけい)やその息子の顔季明(がんきめい)とともに、劣勢であった唐のために挙兵しました。
しかし、顔杲卿たちは味方の軍に見殺しにされます。
顔季明は父親の顔杲卿の目の前で殺され、顔杲卿もまた凌遅刑という非常に残酷な方法で処刑されてしまいました。
凌遅刑がどのような刑罰であるかは書きませんが、ご興味のある方はネットで検索してみてください。
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急いで駆けつけた顔真卿は、大切な身内である顔季明の遺骨を見つけた後、758年に祭姪文稿という文章を書きました。
この文章の内容は、非常に感情表現が強烈であるとのことで、友人ができるだけマイルドな言葉に訳してくれましたので、友人の言葉そのままに、紹介させていただきます。
少し日本語が不自然なところもありますが、雰囲気を壊さないため、また友人の感情も同時に伝えたいため、修正せずそのままにさせていただきました。
ああ、わたしの甥の季明よ!
生まれながらにして聡明で、物事をよく理解し学問にも励む君が、立派な家を築き家名を輝かせる日を心待ちにしていたのに。
安史の乱が起きると、君は命懸けで常山と平原の間を行き来して情報を伝えた。
河北十七郡の兵馬を集結させ、鎮圧の目処が立ったと思った矢先、味方軍が君たちを見殺しにし、常山はすぐに反乱軍に陥落した。
君と父の杲卿は捕虜となった後も、死を恐れず降伏しなかった。
反乱軍は父の前であなたを殺害した。
君が逝ったのはまだ20歳にもならない頃だった!
その後父も反乱軍によって残酷な凌遅刑に処され、顔家の30人以上が、ただそうして刃の下の亡霊となった……
わたしは人を遣わして君たちの遺骨を探させたが、最終的に持ち帰れたのは君の頭蓋骨だけだった。
他の骨は全く組み合わせられない。
この頭蓋骨を見ながら君の昔の姿を思い出すと、心の中の悲しみと憤りが潮のように押し寄せてきた。
あの逆賊どもは極めて残虐だが、見殺しにした人々もまた共犯ではないのか?
顔家は代々忠義を尽くしてきたのに、こんな末路を辿るとは。
この世にまだ正義はあるのか?
ああ、わたしの甥よ。
わたしはこの祭文で君を偲ぶ。
もし君が黄泉で知っているなら、今わたしのこの悲痛と憤慨が分かるだろう……
顔真卿は、顔季明の頭の骨を抱き、泣きながらこの文章を書いたのだそうです。
一族が味方の軍によって見殺しにされた悔しさは、私は体験したことがないので完全には理解できないかも知れません。
ですが、大切な人々を亡くした顔真卿の悲しみは理解できるように思います。
どれだけ人として正しく生きても、理不尽に命を散らされることがあります。
また大切な人がこの世を去ることによって、残された人々の心に、とんでもなく大きなトラウマが残ることもあります。
そのような出来事に対して、私たちはどうすることもできないけれど、ただ私たちは、そのことについて「理不尽だ!」と表現することはできると思います。
私はこの顔真卿の話を友人から教えてもらい、彼が己の気持ちを激しく表現していることについて、とてもいいな、と思いました。
私たち日本人は、周囲の人の心に配慮して、自分自身の心の中にあるネガティブな感情を表現することをあまり良しとはしませんが、辛くてたまらないときには、もう少し悲しみや苦しみの感情を表に出してもいいのかも知れないな、と思います。
私が顔真卿の文章に心を揺さぶられたように、自分が表現した悲しみの気持ちが、自分以外の誰かの悲しい心に響くこともありますから。
私は友人が訳してくれた祭姪文稿を読んで、顔杲卿と顔季明を亡くした悲しみと悔しさ、そして味方の軍に対する怒りを抑えることができなかった顔真卿の気持ちに共感し、涙が出ましたし、また遠い過去の歴史の中に、大きな悲しみを共有する仲間が一人増えたような、そんな気持ちになりました。




























