こんにちは
森のかんごしです。
ご訪問ありがとうございます。
乳がん終末期の叔母は
緩和ケア病棟を勧められ面談
その後胸水貯留の呼吸苦出現
近位の国保病院に入院しました。
胸水を抜いて楽になれると期待していましたが、
医師からは「がんだから抜くことはできない。
今後どうするか?」を決めるため
長男を3日前に呼び出しました。
長男は乳腺外科クリニックと国保病院の医師から話しを聞いたそうです。
その長男からの電話は
1.何も出来ないと言われどうするか?を聞いたら
父親も「家にいて欲しい。」と言うから
連れて帰った。
2.緩和ケア病棟は入院したら帰れない所だと言われた。
3.もし状態が良くなったら乳腺外科クリニックに
行っていいか?と聞いたら「良いです。」と言ってくれた。
緩和ケア病棟はレスパイトをしたり、症状緩和で一時的な機能を果たしたり様々ですが、
「帰れない。」と言われた?
死を迎える場所として機能しているようです。
叔母も「こんな暗いとこで死ぬが?嫌ちや。」と
言っていたし、
叔父が「家にいて欲しい。」と
叔母は叔父さんから愛されていると実感しました。
年末に叔母宅でモーニング☕🍞🌄を作って
いた時に高知市内のパン🍞「ここのパン🍞
美味しんだよ。」と私が言うと
叔父が叔母に「あんたが見合いしたとこよ。」と
スネテ…(笑)
私は叔母の見合い相手とは知らず...
60年近くたっても覚えていて焼きもち…
叔母はしあわせだなと思います。
すこし羨ましいな。
だから長男には、
「叔母ちゃんも緩和ケア病棟暗いから嫌だと言っていたから、家でよかった。」
と言いました。
がんだから水は抜けない、肺転移の診断されたのか?
「肺の転移のことは?」
「肺転移?聞いていない。」
?
胸水貯留は憶測?
調べてもとの判断?
長男への説明内容は?
良くなったら乳腺外科クリニックに行く?
理解不能…
希望を与える…行為と受け止めます。
しかし
キーパソンの長男には…在宅死の対応を知っているか?など慌てないように心の準備が必要だと
思います。
でも
長男も年末に自分の長男を失い…
言えないですね。今は…
とにかく
叔母は自宅に帰りました。
ケアマネが入りプラン調整があるのて
2.3日して
落ち着く頃に
電話してみます。
