何してんの? 明日は生きていられるかどうかわからないのに。
…と思います。
何に対してかと言うと、YouTube動画で、「削除覚悟」とか「あと1時間で消します」とか「大金が振り込まれます」などの文字で、視聴回数を稼ごうとするユーチューバーさんのサムネイルに、です。
まぁ、そんなことはどうでもいいんですけど。
それにしても、最近、霊能力者さんが増えたと言うか、スピリチュアル能力を向上された方が多くなったような印象を受けます(気のせいですかね?)。
凄い、すごい、日本人! そうこなくっちゃ~♪
しかし、「ハイアーセルフとつながっている」とか「神様につながっている」とか言っておられる方の中には、
それ、何につながってるのか、本当にわかってます? 大丈夫ですか?
と感じてしまうものもありますね。
つながって、その存在が答えてくれる…というのは、もしかすると、低いレベルの存在にアクセスしているかもしれず、それに頼っていて大丈夫か?…と。
個体によって異なるだけかもしれませんが、「つながって、尋ねて、教えてもらう」という流れは、一体感が無くて、ちょっと感覚的に違うように思えます。
もっとダイレクトに「解かる」という感じではないのでしょうか?
つまり、「~ですか?」→「~ですよ」というやり取り自体は無くて、質問と答えが同時と言うか、質問の前に既に答えのとおりに動かされていて、「どうして(自分は)こんなことを言っているのか(やっているのか)意味不明」と思っていたことが、後になって、あぁ、そういうことでしたか…となる。そんな感じでは?
ですから、「どうして、そんなことが(前もって)わかるの?」と尋ねられても、「知るか、そんなこと(こっちが訊きたいわ)」となります。
そういうのって、誰にでもある能力で(動物なので)、「胸騒ぎがする」や「虫の知らせ」や「以心伝心」などの延長だと思います。
言うなれば、無農薬・有機肥料で育てた野菜を、「オーガニック」と呼んでありがたがるのと同様かと。農薬を使う方が、農薬代金がかかって不自然なのに、今や、無農薬で育てた作物の方が珍しくて貴重になっている…。そういう感じ?
少なくとも日本人であれば誰でも持ち合わせている霊能力。それなのに、「スピリチュアル能力」と呼ぶと、何か特別なもののように感じられる。今や、その能力を持っていないのが普通で、ちょっと将来を見通せたり、亡くなる人が解ったりすると、珍しがられる…。
なんでもそうですけれど、自分には無いと思うから無いのであって、特別と思うから特別で難しいもののように感じられるだけで、実際は、もっと簡単だと思います。