目が覚めたとき、呑みこんだ唾に混じって血の味が広がった。

 

空はオレンジに近い赤い色をしていて、時間があまり経っていないのだとわかる。

 

 

「わたしは…」

 

 

咄嗟にさっきまでいた吸血鬼の存在を思い出して、身体の変化を探ってみる。

 

首筋に手のひらを当ててみるけど、変化は感じられない。

 

どこも噛まれたような跡はない。

 

 

「おはよう」

 

 

「あなたは…っ!」

 

 

「そう。私」

 

 

「私になにを?」

 

 

「別に何もしてないよ」

 

 

そんなわけがない。

 

じゃあ何で私は今まで眠らされていたのか。

 

 

口の中に切れたようなツンとした痛みが広がる。

 

おそらくこの人に殴られて気絶してしまっていたのだろう。

 

私を気絶させた原因、それはあの挑発が予想していたよりも彼女の弱いところを擽ってしまって逆鱗に触れたから、というもあるけど…

その間に何もせず起きるのを待っていた、というは不自然じゃないか。

 

 

「別に、あんたを噛んだりはしてないよ」

 

 

「ハッキリ言うんだね…」

 

 

「だってもうわかってることでしょ?」

 

 

「そりゃそうだけど…」

 

 

「ん?なに」

 

 

「だったら、もう上からどいてくれない?重いんだけど」

 

 

「うーん、もうちょっとだけ…」

 

 

「は?」

 

 

「まだ帰すわけにはいかない」

 

 

その若干おちゃらけ気味な雰囲気にどこか不自然さを感じた。

 

 

この人、本当に吸血鬼なんだよね?

 

 

よだっちょが覚醒したときに比べるとやけに冷静で沈着だ。

 

まるで普通の人間が吸血鬼のフリをしているかのように…

 

 

「これも理佐に会うためってこと?」

 

 

「んー、まあそうだね」

 

 

「だから会わせるつもりはないって、何度も…」

 

 

「来るよ理佐は」

 

 

 

なにを言っている?

 

理佐は来るはずがない。

 

 

それこそ私が呼んだりしない限り、いやもし呼んだとしてもそれは組織におけるご法度。

 

緊急事態であればあるほど単体で私の元に向かったりしないだろう。

 

私みたいな新米なんかよりその辺りにはよっぽど敏感だ。

 

 

お腹の上にある胴回りを押し付けてみるも、片手で軽く振り払われる。

 

彼女がここまでする理由が分からない。

 

その行為にほとほと呆れて息を吐いたとき

 

 

「あすか!!」

 

 

「…っ!」

 

 

「理佐!」

 

 

ありえない。

 

 

より一層低い位置から見上げた先に見えたその姿。

 

 

渡邉理佐本人だった。

 

 

 

「この…っ!!」

 

 

私の見たこと無い相方のその凄い迫力に押されて薄めで見た。

 

路地裏の角から走って表れてそのままホルダーを構える体勢。

 

 

でも

 

 

その体勢は一瞬にして崩れた。

 

 

「え、まなか…?まなかなの!?」

 

 

「ふふ」

 

 

「嘘でしょ…」

 

 

「やっと会えたね、理佐」

 

 

「何が…一体」

 

 

「ごめんね、理佐に会うためにこの子にはちょっと酷いことしちゃった」

 

 

 

理佐は倒れている私を認識する。

 

そのとき一瞬だけ目があって、なんとなく伝わったのかもしれない。

 

 

「愛佳は、吸血鬼だったの…?」

 

 

「そう」

 

 

「なんで…」

 

 

「私にも分からない」

 

 

一瞬の静寂を置いて、私を馬乗りにした人間は続ける。

 

 

「友達に騙されたんだよね。…誰に頼ってもダメだった」

 

 

「……」

 

 

「でも理佐は違うよね?」

 

 

「そんなの」

 

 

「それあれだよね?夕暮乃特別捜査隊ってやつ。噂では聞いてたけど本当に入ってたんだ理佐」

 

 

「…愛佳には協力、できない」

 

 

「嘘だよ」

 

 

愛佳という女は立ち上がって理佐のほうへ足を踏み出す。

 

 

「ここは一見違う世界のように見えるけど、私にはわかる」

 

 

「……」

 

 

「吸血鬼だって同じ人間だよ。理佐たちと一緒。だからほら、こうやって普通におしゃべりできてるじゃん」

 

 

「……」

 

 

「みんな被害者だよ。みんな、入りたくもない現実に踏み込んでいっては捕まってる」

 

 

「でも」

 

 

「吸血鬼たちに罪を犯そうという心は存在しない…あるのは、自分の身の安全を確保するための意思だけ」

 

 

「……」

 

 

「吸血鬼になった人たちはみんな捕まらなければならない運命だなんて酷すぎる…。それが本当に正しいって思ってる?」

 

 

「それは…」

 

 

「組織の人間が一人協力してくれるだけで吸血鬼みんなが救われる。理佐が来てくれるだけで、捜査隊の目を欺くことだってできる…」

 

 

 

だんだん理佐のホルダーを構える両手が角度を変えていく。

 

 

理佐は迷っている。

 

 

たぶん、それは今のこの愛佳の言葉だけじゃなくて、ずっと前から抱えていた問題のことも。

 

 

太ももに手を当てて怠い身体をゆっくりと起こした。

 

 

「ねえ、理佐…みんなを助けられるのは理佐だけなんだよ?みんなを助けてよ」

 

 

「愛佳…」

 

 

「私を助けて」

 

 

理佐はとうとうホルダーを両手から手放してしまった。

 

両目には今にも溢れ出しそうな涙を抱えて。

 

 

愛佳が手を差し出す。

 

 

「理佐が親友で良かった。だって理佐が捜査隊で無かったら、こうやって真実を訴えかけることだって出来なかったんだから」

 

 

「愛佳ずっと苦しかったんだね…」

 

 

「うん…でもいいや。理佐に会って話しをすることが出来たから…」

 

 

 

ごめん、理佐

 

 

愛佳の背中ごしに理佐と目が合う。

 

その目は大きく開いては信じられないようなものを見る色に変わる。

 

 

 

私は太もも裏にあるホルダーに手をかけて

 

 

迷いなく吸血鬼の背中に向けた。

 

 

 

 

 

崩れ落ちる身体。

 

 

影から姿を表す相方の顔。

 

 

悲痛な色をした表情は曇り曇ってついには目を閉じた。

 

 

 

私は逃げない。

 

もうとっくに現実からは逃げられないんだ。

 

 

たとえ、それが間違った道だったとしても

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く。