自室の玄関のそばに渦巻くまっているどこかで見たような人影。
恐る恐る近くまでいって覗き込んでみると、その女の子は私の顔を見るなり待ってましたと言わんばかりの笑顔を作った。
予想通りの人物だったと知って、内心呆れた様子を隠すこと無く頭を掻いた。
「由依ちゃんっ!」
「ぺーちゃん…また?」
「うん…」
「しょーがないなぁ」
私って便利な人間なんだろう。
頼りにされているというよりは、きっと使い勝手の良い七つ道具みたいな感じだろう。
誰かに真剣に頼み込まれたらなんだって許しちゃうタイプ。
私がこういう性格なんだから仕方がないのだろうけど、この子のこの癖だけはなんとかならないものかと深々思う。
キーケースから鍵を取り出して部屋を開ける。
中に入ると、背後からぼそっと聞こえてくる「お邪魔します」
私は荷物をおろした後、ぺーちゃんが居座るであろうベッドに向かって布団を畳んでスペースを作った。
「はい、ぺーちゃん。私あっちで着替えるからくつろいでていいよ」
「はーい」
「……」
華やかな笑顔。
意識しているのかしてないのか、その笑顔が一体いままでにどれほどの人を惑わせてきたのか想像が付かない。
部屋着を引っ張り出しながら寝室に目を向ける。
その子はいつもと同じようにベッドにうつ伏せになってスマホをいじりだした。
はぁ…
これって、私が悪いんじゃないよね?
もしぺーちゃんがここに出入りしてるって知られても、私は何も悪くないはずなんだ。
ため息交じりに部屋着に腕を通して食器棚からコップを2つ取り出してお茶を注ぐ。
「はい、お茶飲むよね」
「ありがとう…いつもごめんね由依ちゃん」
「んん、いいよ…」
落ち着いたら、何でまたここに来たのか聞いてみよう。
いつもはその子供みたいな眼差しにやられて流されがちな私だけど、今日は違う。
さすがにいつまでも一緒ってわけにはいかない。
本来、彼女がここに来る必要はないのだから。
いや来ちゃ駄目なはずなんだ。
「ねえ、今日はなんでまた来たの?」
ぺーちゃんは大学の2コ上の先輩だけど、敬語は一切使わない。
私が使いたくないんじゃなくて、使うとぺーちゃんが思いっきり嫌がるから。
ぺーちゃんは表情を曇らせると、俯いて消えそうなくらい小さな声で呟いた。
「また…怒られちゃった、から」
「怒られた?理佐に?」
「うん…」
「ぺーちゃん。理佐が怒るのはぺーちゃんのことが嫌いだからじゃないよ。それは知ってる?」
「うん、知ってる」
「じゃあ、なんで私のところに来るの?」
「由依ちゃんは…優しいから」
またこれだ
優しいから。
はぁ、と何度目か分からないため息をついた。
それを不思議そうなものでも見るかのような素直なお顔。
私は他人に優しくしているつもりは毛頭ないのに。
「だとしても、ここに来たら駄目だよね?」
「え…うん」
「ここに来てるって知ったら理佐もっと、今度は本気で怒ると思うよ」
「ごめん」
「いや、私に謝ってもしょうがないんだけどなぁ…」
「ごめん」
何度も何度も繰り返す。
いつものことだけど、こうも謝られてしまったら私のほうが折れちゃうじゃない。
「ぺーちゃんは理佐と仲直りしたくないの?」
「したい…けど」
「けど?」
「怒られるのはイヤ」
ベッドに後手を付いて天井を見上げる。
もう、私どうしたらいいんだろ。
すると右手に柔らかい感触があって、すぐにぺーちゃんの手が重ねられているのだと気づく。
「由依ちゃん、いつもみたいに撫でて?」
お願い、って上目遣いで頼まれては私が断れないの知って…
やっぱり、この子は危険だ。
私がいいだなんて一言も返事を返してもないのに、ぺーちゃんは身長の低い私の肩の高さまで頭を下ろしてきた。
まるで私が断らないのを見越しているかのように。
私は呆れながらも右手を差し出してしまう。
なでなで
ふぁさって、まるでシャンプーのCMみたいに綺麗な髪に指が通っていい香りが流れてくる。
「もっと…」
「……」
無心、無心。
そう頭の中では念じているのに、何故かそれに反するように言葉が浮かび上がってくる。
理佐はぺーちゃんの頭撫でてあげてるのかな?
もしかすると、私だけが撫でているなんてことも…
ブンブン頭を振って否定しようとする。
駄目だ、駄目だ。
変な考えが浮かび過ぎて撫でるのを止めてしまう。
「えっ?…もうやめちゃうの?」
「あ、ごめん。…手が疲れちゃった」
「……」
「ほら、そんな顔しない」
ぺーちゃん渾身のぷく顔
本当にこの子は…
わざとやってるんじゃなかろうか。
さすがにここまでくると、弄ばれてる感が強くなってくる。
私はぺーちゃんから距離を取ってサイドテーブルに置いてあった小説に手をかける。
「はい、もう終わり。私小説読んでるからぺーちゃんも自分のことしなよ?」
「…えー」
「えー、じゃない」
「もうちょっと…由依ちゃんと一緒にいたかったのに」
「だからその言葉は駄目だって」
本当に
理佐と付き合ってるって自覚あるんだろうか、この子は。
もし私がぺーちゃんの彼女だったとしたら、影でこんなことしてるって知って驚愕するに違いない。
当然、怒るに決まってる。
小説を開いたはいいものの、文字が一切頭に入ってこない。
集中できない。
でも…
考え方を変えると、私は私が怒るに決まっていることを平然とやってしまっているってことだ。
理佐とは大学でも良く話す友達だけど、こんなことが知れてしまったらただでは済まないだろう。
もう金輪際、こんなことは止めさせないと。
私の小説を覗き込んでいるぺーちゃんの前でパタンと閉じる。
はてなマークを浮かべた顔に向かって私は心を鬼にすると決心した。
「ぺーちゃん!!」
「っ…なに」
小さな子どもが怒られるのが分かっているみたいな反応。
気にしちゃ駄目…
「ぺーちゃんは浮気、してるんだよ」
「浮気!?」
「浮気だよ、立派なね」
ぺーちゃんはきょろきょろ辺りを見渡して、言葉の意味を探っているようだった。
もちろん彼女だって「浮気」という言葉の意味くらい知っている。
それが"これ"に含まれているかどうか、定かではないというところか。
だとするなら、なおさら私が言って気づかせてあげないと。
「ぺーちゃんは、理佐以外の人の家には行ったら駄目なの。これはわかるよね?」
「なんとなく…」
「だったら、来ちゃ駄目だよね?」
「でも、由依ちゃんのこと好きだから…」
「…っ!」
今、好きって…
確かに言われた。
ぺーちゃんが私のこと好き?
それって、それって…
理佐と同じってこと?
それとも、理佐よりも…
「由依ちゃん顔赤いよ、大丈夫?」
「っ!大丈夫」
「でもやっぱり赤い…」
「!!」
ぺーちゃんのおでこと私のおでこがくっ付く。
危険な距離に、心拍音が急激に信号を発してくる。
「大丈夫、だからっ」
「あ…」
「こういうことしちゃだめだって言ったばかりじゃない!」
「駄目、かな…」
「駄目」
ひとまずぺーちゃんから距離を取る。
じゃないと、呼吸困難に陥ってしまいそうで仕方がない。
「由依ちゃんは、私のこと嫌い?」
「…いや」
「……」
「嫌いじゃない」
わけない。
「じゃあ、好き?」
「……」
好き、って聞かれるのは答えにくい。
もちろんぺーちゃんのことは好きだけど、でも…
でもぺーちゃんには付き合ってる彼女がいるのだから、それは答えるべきじゃない。
「好き、かな」
「本当っ!?」
何言ってんだろ。
この状況で好きって言ったら、ぺーちゃんが勘違いしてしまうに決まっているのに。
馬鹿な私。
これ以上誤解を招くようなことをしてはいけないのに。
「ねえ、由依ちゃん」
「…なに」
「私が由依ちゃんの家に来るのは、浮気…なの?」
「…来るだけ、なら。…浮気にはならない」
「そうだよね」
何言ってんの。
来るだけなら浮気にならない、なんて確かにそうだけど。
ぺーちゃん相手に伝えるべきことはそんな正論なんかじゃない。
分かってるんだけど。
さっきから考えとは別の方向に走ってしまっている。
「じゃあさ…」
「今度はなに」
「これは浮気?」
「なにが……って、!!」
!!
すぐ目の前にぺーちゃんの綺麗なお顔がドアップに映る。
次の瞬間に、唇に繋がる感触。
一瞬閉じていた大きな瞳と目が合う。
さっきまでは子供っぽい仕草いっぱいだったのに、なぜだか今は大人っぽいなあだなんて。
ひっそりと出たそんな感想。
じゃなくて!
「っ…ぺーちゃん!」
「これは?」
「……これは」
「浮気?」
「だね」
悪い流れ。
明らかに分かっててやってる。
ようやくそこまで私の理解が追いついてぺーちゃんを見れば、ぺろっと舌を出して目を細めて笑う顔。
最初からこの子に遊ばれてたんだって、気づいたときにはもう遅かった。
だって…
もう私は知ってしまったから。
後戻りはできない。
「しちゃったね、浮気」
見透かされてるみたい
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思いつき設定で描きましたぺーぽんです。
とにかく、梨加ちゃんが悪女でしたね(^^ゞ
でもそれに飲み込まれていくゆいぽんもなかなかですけど…
ごめんなさい。
描いててひたすら楽しかったです(笑)
ひっそり暴露すると、こういうの好きなんです。
役だけ与えられた理佐が不遇すぎるのがなんとも言えませんが…
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