齋藤飛鳥というのは不思議な生き物だ。
そのえも言われぬ美しき容姿と性格が特徴だといっていいものなのに、ちらほらと拙劣な特技が顔を出す。
けらけら大口開けて笑い出したかと思ったら急につまらなそうな顔で景色を眺めだしたり。
お仕事だからってすごく真面目なオーラ身に纏ったかと思ってたら、へんてこりんな表情で崩してみせたり。
なんでも簡単にこなせる完璧さがあると見せるやいなやへっぴり腰だったり。
大人だと思ったら子供だったりと。
めちゃくちゃなのだ、パワーバランスが。
いつも見える表情はどこか一貫性がなくて急にころころ変わって見せてくる。
そんな飛鳥のことが好きで付き合って同棲までしている私が言うと惚気けてんじゃないかって思われるかもしれないけど、そのころころ変わるところが飛鳥の魅力なんだよね。
「飛鳥、熱あるでしょ?」
「そーかな?」
「そーかなって、顔真っ赤だし動きトロいしさっきから何回も同じこと言ってるし」
「未央奈が言うならそうじゃない?」
「もー、さっさと熱測って!」
いつもよりいっとう動きの重たい恋人の服をめくって体温計を脇に挟ませる。
飛鳥が風邪こしらえたときのサインなんて簡単なものだ。
だいたいのところがダメ人間。それに拍車がかかって思考と動作が停止する。
ぴーと音がなっても超のろま人間は反応を見せず、代わりに呆れた私がもそもそと引っ張り出す。
「37.4度、風邪だね」
「へえー」
「へえーじゃない、お腹出して寝てるからでしょ」
「そう?」
「そうだよ、いつもいつも朝起きたらお腹丸裸にしてるじゃない」
「それは未央奈が悪い!いつもいつも私の布団引っ張って持ってってるからじゃないか」
「そう?」
へらへらそんなこという恋人を無理やりベッドに寝かしつける。
はぁー、これだと私お出かけできないや。
今日は愛する恋人と一日中ベッドの上かな?
とりあえず飛鳥の食べれそうなもの冷蔵庫に取りに行こうとベッドルームから立ち去ろうとしたそのとき
手を引っ張られた。
「いかないで」
「……」
これだ。
いつも見せるそのクールな面影は突然どこかに飛んでってしまって見えなくなる。
代わりに出てくるのは、その容姿からは想像もつかない小さな子どもなんだ。
まぁ、それも凄く可愛いから私からすると全然オッケイなんだけど、二人で共同生活を送ってる身としてはそうとばかり言ってられない。
「飛鳥の食べれそうなもの、とってくるだけだから…」
「すぐもどってきて」
「…うん、すぐ戻ってくる」
急ぎ足でキッチンまで駆け行って冷蔵庫を覗いてみる。
うーん…
今あるのだとプリンくらいかな?
あっ、でもコンビニで買った茶碗蒸しがあるやこれにしよ。
冷蔵庫からいくつか取り出してプラスチックのスプーンを戸棚から取り出す。
飛鳥に言わせれば、
「人間って単純なもので、風邪とか引いて気持ちが弱くなると初めて何も被さってない人の本質的な部分が出てくる」とかなんとかだっけ?
あと英単語でなんとかかんとか言ってたような…
後で聞いてみようかな?
今の弱った飛鳥に聞くってのが一番やなやつなのかもだけど。
戻ったときの飛鳥は布団をぐるぐる巻にしたものをへんてこな半倒しで抱きかかえていた。
こうやってどちらかが体調を崩したときってのは、もうどちらかが看病するのが決まりみたいなものだけど、飛鳥ってば一人じゃなにもできない駄目人間だから。
私がいないとご飯もまともに口にしなくなる。
だからこうやって無理矢理にでも食べさせようとするんだけど。
「いらない」
「子供?」
「子供じゃない」
「可愛い可愛い飛鳥ちゃん」
「もううるさい」
普段の飛鳥はしっとりとした良い音色の声をしてるのだけど、今はまるであひるのような鼻にかかった鳴き声をしていた。
最終手段でぐるぐる巻きにした布団を引っ剥がしてこっちを向かせる。
布団で隠れていた正体を現した飛鳥はまるで拾ってきた子猫みたいに弱々しい生き物だった。
見るからに風邪引いてつらいって感じじゃない。
「食べないと良くならないよ」
「じゃあみおなが食べさせてよ」
「いーよー」
なんとか同意を得ることが出来たので茶碗蒸しのカップを剥がしてスプーンを取り出す。
ぷにゅっと音がしそうな弾力を残してスプーンにキレイに乗っかったそれを飛鳥に差し出す。
「はーい、あーん」
「ん…」
こうしてると本当にあの俊秀な齋藤飛鳥がここにいるかどうか、私の中では混乱してわからなくなってしまうわけだけど、今のこの飛鳥が偽りない本物の齋藤飛鳥だったりする。
私と過ごしている飛鳥。
必死にファンの声援に応えている飛鳥。
メンバーと面白おかしく笑い合っている飛鳥。
そのどれもが間違いなく飛鳥なんだけど、今のこの状態だけは誰の目にも入ることない私だけが知る本物の齋藤飛鳥だった。
艶のない黄色くむくんだ顔でスプーンを頬張る飛鳥。
そんなか弱い年下の少女の一面も私がこうやって守ってあげないといけないなと思う。
「食べ終わったね」
「うーん」
「気分どう?」
「まだぼんやりしてる」
「じゃあ寝よっか?」
取り上げていた布団を肩めがけて折ってやると、いやいやをするみたいに弾かれた。
「どうしたの…」
「みおな今日どっか出かけるって言ってなかった?」
「言ってたね」
「行かないで」
もう本当にこの子は。
いつもとのギャップがすごすぎてこっちが火傷しちゃいそうになるじゃないの。
今の飛鳥は本当に年相応、というよりももっと下の弱々しい雛の子みたいだった。
「なんでそんなに可愛いの今日は?」
「知らない、風邪引いてるからじゃない?」
「いつもそんなでもいいのに…」
「考えとく」
飛鳥はちょいちょいと手招きしてついには私の腕を弱々しい力で引っ張ってきた。
話まだ終わってないつもりだったんだけどな、私は。
ばさっと頭から強引に布団を被せられて暗がりの中で目と目が合う。
その目はまるで「一緒に寝よ」とばかりに甘ったるく、そしてまろやかに捕らえてきた。
「みおな、ね」
「ん、なに」
「今私風邪引いてて喉痛いし、頭もガンガンだから」
「うん」
「熱あるし、視界ぼやけて苦しいからさ」
「うん」
「一人で寝るの寂しいし、切ない気持ちになるから」
「うん」
「おねがいだから一緒にいて、どこにもいかないで」
顔がこんなにも近くにあって、あのペシミストの飛鳥が途端にそんなことを言うものだから、私は深呼吸だけで何も言葉が出てこなかった。
あるのは飛鳥の純粋な瞳に二人の呼吸動作だけ。
こんなとき、恥ずかしがり屋で年上ぶりたい私が出てきて、ついそんな雰囲気を払い除けたい気持ちになった。
「でも、まだ身体拭いたり服着替えたりしないといけないよ?」
「後でいくらでも聞くから」
「でも私も忙しいし」
「お願い」
今日の飛鳥はやっぱりどこかオカシイ。
オカシイって言ってもやっぱり飛鳥の持論通り、風邪引いて弱ったときの状態が本物の姿じゃないかって。
そんなことを思い出してはより一層愛おしい気持ちになる。
私ってば病人だから駄目なはずなのに。
飛鳥はぎゅっと手を握ってきて喉仏をごくりと鳴らした。
二人して布団被って熱いのに頭を出そうともせずに見つめ合って。
誰もが拒否出来ない雰囲気がそこにはあって。
今すぐここで飛鳥にキスしたいなって、そんなことを思っている私がいた。
どこから愛そうか?
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1093-04さんからのリクエストで風邪を引いてしまった飛鳥を未央奈が看病するというお題でした!
本当申し訳ないです。
リクエストでは「後輩を気にして仕事をしていて体調不良を隠した飛鳥が倒れる」というものだったのですが、隅々まで読んでないまま描いてしまってこんな形になってしまいました。
ごめんなさい、です(._.)
できればどこかで書き直ししたいです…
以前、未央奈が風邪を引いて隠して、飛鳥が看病するというお題でリクエストをいただいたてできた作品がありましたが、今回はその逆バージョンでした。
如何だったでしょうか?