「梨加さんの探している友達って…」
「えっとね…、高校と大学でずっと一緒だった女の子なんだけど、急に連絡がとれなくなって、大学にも来なくなっちゃって…」
「…っ」
「みんなにその子のこと聞いたら、“吸血鬼”になっちゃったんじゃないかって…」
やっぱり、そうか。
私やねるのときと全く一緒。
おそらく梨加さんが捜査隊に入るきっかけになったのも…
「じゃあ、その友達を探すために?」
「うん…最初は、その子を探す手がかりになればいいなって」
梨加さんは瞼に涙をためて、声も少し潤んで聞こえた。
「でも、ここでは私にできることってあんまり無くて…」
「そんなこと…、保護班として頑張ってるじゃないですか?」
「そうじゃなくてね、本当の意味で保護してあげることは、…私にはできないから」
本当の意味。
梨加さんがその友達を見つけたときに思い描いているであろう理想の結末のこと。
「……」
私には保護班のことは全然分からないけど、少なくとも梨加さんが言いたいことは凄く理解できる。
私も
捜査隊として由依にしてあげられることが本当にあるのか、そこに疑問が湧いてきて止まない。
だったら
「梨加さん」
「ん」
「梨加さんが探している友達の名前……聞いてもいいですか?」
「なーこちゃん」
…なーこちゃん?
「それが私の友達の名前」
「分かりました。そうしたら、私もなーこちゃんを助けるのに協力します、“捜査班”として」
「…!」
「だから、梨加さんも私の友達を救うのを協力してもらえませんか?」
「……」
「“保護班”として」
握手の意味を込めて右手を差し出す。
梨加さんは半身の体制で私をじっと見てから、恐る恐るその右手を掴んでくれた。
「…理佐ちゃんの探しているお友達の名前」
「由依です、こばやしゆい」
「ゆいちゃん…」
交わったお互いの手にそれぞれの温度が宿る。
捜査隊に入ってからというものの、こうやって誰かと本音を言い合える環境なんて永遠にやってこないと思っていた。
それでも今日確かに、渡邉理佐と渡辺梨加の間には共通の目的を持つことができた。
窓の外に見える街の光がだんだん少なくなっていく。
それから、誰もいないオフィスで具体的な協力案をお互いに話し合った。
というよりも、ほぼ私が出した考えなんだけど…
それは至ってシンプルなものだった。
捜査班として、私はなーこちゃんを見つけたら一番に梨加さんに知らせる。
梨加さんは……あまりいい状況とは言えないけど、私以外の別の捜査隊員が由依を捕獲した場合に、“保護”をする。
この約束事は私たち二人以外の誰にも口外しないこと。
頭の中でそれらをざっと整理していると、ある疑問が浮かんできた。
――そういえば、今日捕まった吸血鬼って
「梨加さん」
「ん、なに」
「結局、捕まった吸血鬼って“誰”だったんですか?」
梨加さんは一度言いかけた唇を閉じて、少し考えて再度小さく口を開いた。
「よだ」
「?」
「よだゆうき…って名前の子」
よだゆうき?
知らない名前
「じゃあ…」
「うん。理佐ちゃんの友達ではないことは確か」
その言葉に肩の荷が下りたようにほっとする。
…良かった
ひとまず安心した。
「はあー」
「すごいため息…」
「ごめんなさい、由依じゃないと思ったらつい」
「ううん、良かったね…」
「はい!」
梨加さんの穏やかな声が、癒しとなって心に染みこんでくる。
「それじゃあ理佐ちゃん、私は今日のレポート出してあがるから…」
梨加さんは右手に持ったクリアフォルダーを主張する。
あ、そうか。
それを提出するためにこっちに顔出したのか。
梨加さんはクリアフォルダーから一枚のA4用紙を出して、スキャナに取り込んだ。
すると天井から吊るされた大画面のモニターに入力完了の文字が出る。
取り込んだあとの用紙はシュレッダーに流し込むと、ものの3秒で紙屑となった。
「理佐ちゃん、おやすみなさい」
「あ、おやすみなさい。お疲れさまでした」
梨加さんはそれだけ言って自動ドアの向こう側に姿を消す。
それじゃあ、私も事務処理だけして帰るか。
そう思ってデスクに向かって伸びをしていると、背後から自動ドアの開く音…
「梨加さん?忘れ物でも、」
「梨加、じゃないよ?」
「……!」
振り返った先にいたのは、ある二人の捜査隊員だった。
白石麻衣と西野七瀬。
通称“白西”の二人。
二人は入口でカウンターに手をついてこちらを見ていた。
「…いつから、そこにいたんですか?」
「いつから? さっき梨加とすれ違ったから“今から”かな?」
白石さんにそうやってじっと見つめられると、気圧されたように思わず身を引いてしまう。
もしかして、さっきの会話聞いていたってことはない、…よね?
「私たちの会話、聞いてました?」
「聞いてへんよ」
「…っ!」
いつの間にそこにいたのか、西野さんは私のすぐ傍に来てこちらを覗き込んできていた。
「…びっくり、させないでくださいっ!」
「別にびっくりさせようと思ったわけちゃうよ?」
「七瀬、そうやって誰にでもすぐ絡もうとしないで、早くレポート仕上げて帰るよ」
「んー?せっかくオフィスで理佐ちゃんが一人やから、世間話でもしようかと思っとったのに」
「いいから早くー」
「っもう!理佐ちゃんと友達になりたいんよ、…まいやん仕上げとって」
もう勝手なんだから、そう言って白石さんはカウンターに置いたレポートにペンを立てる。
それを見た西野さんは上機嫌に私に向かい合った。
じっと、瞳を見つめてくる視線に困惑する。
意思が読めない
まさか本当にただ友達になりたいだけ、なんてことはないだろうに…
「前から理佐ちゃんとは何か波長が合いそうやなって。こうやってじっくり話すのはじめてやし、いろいろ聞いてええ?」
「聞くって何を…」
「もう、そんなに固くならんといてや」
「はぁ…ごめんなさい」
それじゃあ何聞こうかなって鼻歌でも聞こえてきそうな上機嫌な西野さんの向こうで、「はい、終わり」という白石さんの声が聞こえた。
「もー、まいやん早すぎ…」
「いいでしょ、早く帰りたいんだから」
「じゃあ、そういうことで理佐ちゃん。…時間ないみたいやから、一つだけ」
「はい?」
耳打ちでもするかのような距離まで詰めてきて
「小林由依ちゃんって子とはどういう関係?」
「!!」
にこっと微笑むその可愛らしい表情にぞっとする。
さっき話していたことは全部筒抜けだった…?
驚愕のあまり足元がふらつく。
「あぁ、えっと、…」
「そんな驚かんでもええやん、ちょっと聞こえてきただけ…」
「ぁ……」
「まあええよ、今度時間あるときにでもじっくり」
肩をぽんぽんと叩いて西野さんは白石さんの元へ歩いて行く。
二人揃って自動ドアを抜けていくその後ろ姿に、ただ呆然と立ち尽くすしかできなかった。
続く。