シュワキマセリ。
子供の頃はこの言葉をサンタを呼ぶ不思議な呪文だと思い、クリスマス前にはいつも口ずさんでいた。

私がサンタさんからクリスマスプレゼントを初めて貰ったのは四歳の時だ。
金色に輝く超合金ロボのオモチャを貰った。
私は嬉しくてそのロボをいつも肌身離さず持ち歩いていた。
だが、ある日公園で遊んでいる時に無くしてしまったのだ。
母親と警察に行き、紛失届を出したが結局見つからなかった。
その事がショックだった私は物を置き忘れない性格になり、どんな小さな落とし物でも困っている人が居るかもしれないと警察に届けるようになった。あの日無くしたロボは今も私の中で生きている。

最後にサンタさんからクリスマスプレゼントを貰ったのは小学6年の時だ。
その年までは毎年、欲しいオモチャやゲームソフトやらを希望通りに貰えていたのだが、その時の私はちょっと入手困難なオモチャをサンタさんにリクエストしてしまった。
朝、ワクワクして起きると私は絶望した。枕元にはリクエストのオモチャは無く、全く欲しく無かった百人一首のセットがなぜか置いてあったのだ。
私はサンタさんが万能では無い事を知り、クリスマスの直前に母親と喧嘩した事を大きく後悔したのだった。

私は中学から高校まで男子校に通っていた。
制服は独特で、まるで石のような灰色の学ランだった。学校の近くの某大手餃子チェーン店に行った時なんかには店員に「墓石軍団四人2番テーブルね」とか謎の蔑称でうちの学生達は呼ばれていた。今の時代なら動画を撮られて炎上するようなとんでもない接客態度である。また、他校からはねずみ男とか呼ばれたりもしていた。

さて、男子校とはどんなものかと言うと、当たり前だが女子生徒が居ないのである。うちの学校では先生もほぼ男性だったので、女性といえば食堂のおばちゃんくらいしか校内に居なかった。これが何を意味するかと言うと、思春期の多感な時期に女性と話す機会が得られないのだ。これが影響しているのかもしれないが、私は今でも女性と話すのが苦手である。一部の同級生などは他校と合コンをしていたようだが、私は誘われる事も無く女性とは全く縁が無かった。

こうして私は高校卒業までの6年間、同学年の女の子達と一切喋る機会が無い、灰色の、いや墓石色の青春を送ったのだった。
何十年も男子校として名の知れた私の母校であるが、なんと私が卒業した次の年から男女共学となったのである。悔しさのあまり、血の涙を流した事は言うまでも無い。