元禄忠臣蔵
御浜御殿綱豊卿
片岡仁左衛門の至芸、美麗を確認したい。
が、テンションは些か抑え目に感じられた。
仁左サマにも”その時”が来ているのだろうか。
そんなこと。
まだまだ。
いや、それはそうだ。
私達は仁左サマも玉サマも永遠の存在と思っている。
いつまでも麗しい。
心のなかではそうだ。
でも、お二方とも”人”だ。
”その時”は必ず訪れる。
そのための次世代。
松本幸四郎が相手を務めることには意味がある。
-*/-*/-*/-*/-*/-*/-*/-*/-*/-*/-*/-*/-*/-*/-*/-*/
初めのうちはゆるりとした雰囲気で芝居が進む。
優雅だ。
貴人の遊び心。
潜む思惑など微塵も感じられない。
そこに食い込んでくるのは、全力全開の助右衛門(幸四郎)。
綱豊卿と助右衛門の問答が繰り広げられる。
飄々とした空気感を保ちながら。
しかし、少しずつ、互いの距離を詰めていく。
躱していたはずの互いの言葉が徐々に突き刺さっていく。
静かな雰囲気の中で放たれていく波動。
観ている方は身体がひっくり返る感覚に襲われる。
腹を探り合っていた二人が、互いの覚悟を示す羽目になる。
相手に詰め寄せていた”気”が、回り回って自分たちに返ってきたのだ。
ここに。
またあの感覚が蘇った。
舞台に潜む神聖なもの。
先月の勧進帳で感じた。
成田屋と音羽屋のそれに感じたもの。
仁左衛門は綱豊なのか。
助右衛門は幸四郎なのか。
一つの身体が二様に揺らいでいる。
その体感は舞台の神秘。
尊さが感じられる。
次の場面。
仁左衛門は石橋の装束に身を包む。
その橙色の輝きを滑るように、桜の花が僅かに散る。
美しい。
血気に逸る助右衛門を制して、静かに舞台に臨んでいく。
この世界で唯一信じられる姿、形、心。