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ガンバレタナハシ

【棚橋宣言!「龍魂一銃士」襲名だ】
http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/other/headlines/wrestling/20041219-00000010-spnavi_ot-spo.html

 棚橋といえば、僕にとっては『女性に背中を刺された男』という素敵な出来事しか思い出せないレスラーだ。

 いや、いいレスラーだとは思う。デビュー前から食事やプロテインの研究に余念がなく、当時のヤングライオン(新日本プロレスの若手レスラー)では、もっともイイ身体をしていた。まぁだからこそ刺されても大丈夫だったのだろう。


 ついでなので刺された話にもう少し触れておきたい。棚橋は当時付き合っていた女性の自宅でコトに及んだ後、唐突に「他に好きな女性が出来たから」と別れ話を切り出したとのこと。

 まぁそれだけでもなんつーかその色々思うところもあるのだが、「身体だけの付き合いだったらいいよ」とか、あと一分だけ一緒にいて欲しいという女性の頼みに「じゃ、一分だけね」と時計を見続けていたというのだから、さらにどうかと思う。で、その直後に刺された次第。

 刺された後の棚橋のすごいところは、部屋を逃げ出した後、そのまま原付に乗って新日本プロレスの三沢トレーナーが経営する『三沢接骨院』まで行ったというところだ。

 「接骨院で刺し傷は治らないよ棚橋!」というツッコミを一身に受けたエピソードだが、本人もそこまで傷が深かったとは思わなかったようだ。しかもその後で自力で病院に行ったというのだから恐れ入る。とりあえず詳しくはコチラをみていただきたい。


 また負傷から退院し、プロレスに復帰する旨の記者会見を行った際には

『三沢接骨院を経由して、バイクに乗って、ウィンカーも出して法廷速度を守り、無事病院へ着きました(笑)。ただ、目黒通りを走っていたときに、目の前が真っ白になった時はヤバイと思いましたが、気合いで病院までたどり着きました』

 と発言。どこからツッこんでいいのか、考え込んでしまうが、とりあえず「いや刺されてるし、無事じゃねえだろ」とだけ云っておこうと思う。


 さて、このエピソードをはじめとして、誰も欲しがらないベルトを新設してみたり、実績も何もないのにIWGP挑戦権を与えられたりと、その優遇されっぷり&レスラーとしての実力の無さの落差が激しく、あまり高い評価を受けていないレスラーである。

 で。その棚橋は現在、中邑・柴田『新闘魂三銃士』というククリにまとめられているのだが、それを嫌っており、そもそもドラゴンこと藤波辰巳のファンであったというところから「龍魂一銃士」として頑張りたいというような発言をしたということであるらしい。

 正直、棚橋をあまり好きではない僕などは「また棚橋かよ」とか思ってしまうのだが、こと藤波と棚橋というセットになると、ちょっと話は別なのだ。

 今年の夏のことである。G-1クライマックスという大一番を前にした棚橋は、箱根で合宿を敢行。そこに会長職で多忙を極めている藤波が訪ね、合同練習をしたのである。

 といっても何か特に特別な技を伝授したとか、そういうわけではなかったわけなのだが、宿泊地に設定した宿で棚橋は藤波の背中を流す機会があった。この時の棚橋は、立派なボディを作り、年間百試合以上をこなすレスラーではなく、「プロレスファンの少年」そのままの顔をしていた。

 緊張でガチゴチのまま藤波の背中を洗う棚橋。そして「よし、じゃあ俺がやってやろう」と藤波。さらにガチゴチの表情になり、挙動不審になる棚橋。そしてそんな映像を見て「いやーよかったなぁ棚橋ー!」と微笑む僕。

 この状況を客観的に見ると、全裸with腰巻きタオルだけという50歳の元マッチョドラゴンと、同じスタイルの27歳の刺されたマッチョの入浴シーンをテレビで見てニヤついている28歳のデブ(服は着用)という、なんとも言い難い光景だが、その事には細かくつっこまないで欲しい。

 なんというか、棚橋と僕は同年代であり「憧れのスターレスラー」としての藤波を、プロレスファンとしての「同じ視線」で知っているだけに、彼の緊張した表情や、すっかりプロレスファンに戻ってしまったかのような表情を、なんとも微笑ましく思ってしまうのだ。


 色々と「云わされてる」的な余計な発言が多く、その割には試合内容が伴わず、なかなか評価の上がらない棚橋ではあるが、あの藤波の背中を前にしたときの棚橋の表情だけは正真正銘の素の表情だったと僕は思っている。

 だから、今回の記事も「見出しまでついて単独記事になっている割には、全く実的内容がない記事=ただのプッシュ記事」ではあるが、こうしてとりあげてみたわけである。


 ちなみに棚橋は現在28歳。28歳当時の藤波は、ちょうどヘビー級に転向し『飛龍革命』を高らかに宣言した躍進の年である。それまでの実績の段階で棚橋と藤波は比べるべくもないのだが、棚橋にも是非頑張って欲しい。


みやもと春九堂