
■佐々木敦さんの「シチュエーションズ」を買って読んだ。
ネット上にあとがきが下記のリンクにあったので、一部引用した。
http://sasakiatsushi.tumblr.com/post/69660157828
アンガージュマン=engagementは、英語ではcommitmentである。コミットメント。芸術とか表現とか、或いは言論とか思想とか呼ばれていたりする営み/試みが、或る極めて重大な、クリティカルな出来事に対して、如何にしてコミットメントし得るのか、一言でいうなら、これが本書で私が考えようとしたことである。だが先にも述べたように、これには、結果として、という面もあった。連載の第一回目を脱稿した時には、私はまだこの「シチュエーションズ」が、これほど「二〇一一年三月十一日」という時間軸に集中する形で展開することになるとはわかっていなかった。私としてはもう少し主題の幅を緩やかに取った、より時評的で状況論的な内容を想定していたのである。だが、結果として、そうはならなかった。おそらくは(と今では思うが)冒頭に据えた話題が、その後の何もかもを方向づけたのだと思う。自分が書いたこと、書いてしまったことを、一ヶ月という時間の後に読み直し、書かれてあることを引き継いで、また続きを書いていく、その繰り返しを経ながら、私はむしろ自分が、こんなにもこのことにこだわっていたのだということを、思い知っていったのだと言ってもいい。そう、私は自分でも気づいていなかったが、実のところ、この問題に深くとらわれていたのだった。あの日の「以後」への「コミットメント」とは何か、という問題に。
なんだかよくわかっていなかったけど、そういうことを書きたいとかなかったけど、実はこういうことを知らず知らず書いていたんだ、関心があったのか、という感じが、ああ、こういうことなんだなということがわかる本でした。
本の副題「以後」をめぐって、の以後に関する記述についても、刺激的だったけど、このあとがきの内容について一番、そういうことかーとしっくり来る感じがありました。
この本を買ったきっかけは、佐々木さんと宮沢章夫さんとの対談があると知ったからで、このあとがきの内容や本文でも書かれている、なぜ、いま、それをやる必要があったのか、みたいなことは、以前から、宮沢さんも同じようなこと話されていたように思う。
■追記になります。
(さっきまでいろいろ書いた内容が消えてしまった。)
■3.11以後、一番影響を受けた、一番発言や行動をみたり聞いたりしていた人は、大友良英さんでした。なんでかわらかないけど、震災前からJAMJAMラジオを聴いていて、震災以後、大友さんが泣きながら話をされていることがあって、もうすぐ60になる男性が泣いている、というのがそんなのこれまで聞いたことなかったので、じーんときたのを覚えています。そのときだったか、わからないけれども、メインストリームというか、オーバーグランドが、しっかりしていて、そこは壊れたりしない、安心だということで、アンダーグランドで好きなことをやっていたけど、それは間違いだった、もっとオーバーグランドに対して、安心せずに、もっと働きかけるべきだったというようなことを話されていました。今では、あまちゃんで紅白にでたり、音遊びの会と一緒にEテレにでたり、すごいなあと思います。
■2011年3月11日(金)は、この週は、月曜から金曜まで、休暇をとっていて、その土日をのぞくと休暇の最終日で、この週の前半などは、奈良の東大寺の三月堂のお水取りを見学に行ったり、奈良ホテルに泊まったりしていたんだけども、その金曜日は、家で昼寝をしていて、午後3時か4時ごろ目がさめて、TVをつけるとえらいことになっていて、土日の間に、原子力発電所が危ないことになっていて、この土日の間は、すごくパニックになっていて、twitterやustreamで、いろんな情報を見てたりしていて、ただ、このとき、未来がかわってしまったなあ、これまでどおりの未来はもうないんだなあと思ったことを覚えています。
























