浅草橋・「だいにんぐBARオネスト」にて 思い出すこと・・・
浅草橋駅東口を出て右手前というか、まさに駅の真下にある同店。
昼間はパスタ・夜はワインはもちろん、焼酎もおいてあるのと、元上司の同級生が経営しているお店とのことで、ときどき訪れます。
http://www.asa-yanagibashi.com/ajiwai/shoplist/onesuto.htm
オニオンフライやソーセージ盛り合わせをつまみに呑む、ビールや焼酎もいいです。
その元上司は、今74歳?でありながら、とある企業で働いております。
以前の会社の上司として門前仲町でよく呑みに連れて行っていただき、いろいろなことを教わった方。
その方にとって自分は最後の部下でもあり、その方のつながりで自分の社会人としての心構えができたと確信しています。ヴェルディ誕生と同い年の自分にとって、35年も人生経験をつんだ方と話すことは教わるが多く貴重です。
忘れられないこと、思い出すことがいくつもあります。
・・・1995年10月9日・・・その時、悩んでいました。
その2週間ほど前、母から告げられた父の検査結果。
「不治の病で余命半年」・・・この言葉の重みとその結果を告知しないことを決めた家族。
事実を隠したまま、父と話すことがつらい毎日。
現実逃避したかったし、自分のアイドルだった岩手競馬のトウケイニセイが中央競馬のライブリマウントを迎え撃つ10月10日の南部杯で地方競馬が中央競馬を駆逐する構図を求めて、その上司の奥さんの実家でもある、気仙沼に向かっていた。
唐桑半島巡りの遊覧船を待つ時、自分はその事実を打ち明けた・・・
すこし間があり、ぽつりと「そうか・・・」 「昨日の毎日王冠(1着:スガノオージ 2着ドージマムテキ)で万馬券とれたんだ おごってやるよ」 ・・・遊覧船を下船してから、フカヒレラーメンや前沢牛のにぎりをご馳走してもらって、気晴らしできたこと 本当にうれしく、おいしかったです。
南部杯の悔しさは、勝って欲しいと願っても、うまくいかない現実を、それは父の病状を暗示させる結果だったのかもしれません。
その後、自分の結婚式に出席いただいたこと、転職の相談をした時のこと 等等 キリがありません。
亡くなった父とほぼ同い年の元上司は、自分にとって父親のような存在なのかもしれません。
昨日呑んだ後、改札口で別れてホームを歩く後姿が目に浮かびます。父が健在なら、あんな感じで歩くのでしょうか。
いつもでも、お元気で。 平日は仕事をし、帰宅後、孫と遊び、週末は競馬を楽しんでください。