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リーマン編集者の「その日暮らし」

某オウンドメディアの契約編集者の仕事の記録、および身辺雑記

だらだらと起きて、昼前に家を出る。これが平均的な生活スタイルな自分にビビる。できる人って、だいたい早起きして朝の時間を活用してるとわかっちゃいるが、起きられない。動けない。


行きがけ、牛丼屋で飯食って、会社でちょいちょい取材のアポとって、社内も人がまばらだったので、次の企画を練るためのインプットの日とすることを勝手に決める。そういう建前で誰にも言わずに抜け出し、近所のカフェでダラダラ電話したり、「ほうほう他誌はこう書くか」と思いながら雑誌を読んだり。


そんなことをしていたら、「本日は大規模停電になる恐れがあります」などとアナウンスされるものだから、もういいかとメチャ早めに帰路につく。途中で運よく座れたが、六本木あたりから車内はとんでもないギュウギュウ詰めに。まわりに高齢者や妊婦はいなかったものの、座っているのがなんか申し訳ない気がした。通常40分ほどの距離だが、50分以上はかかったかな。途中、電車が横転しやしないかと心配になるほどの乗車率だった。


停電の心配があったので、嫁に料理させないで、コンビニの弁当で糊口をしのいだ。


今日は日記らしい文章を書いた。


要約すると、特に何ということもない日だった。

汚い話だが、地震が起きたとき、トイレで大きな方の用を足していた。ゆれ始めたときは、「あ、地震や」くらいにしか思わなかったが、ちょっとずつゆれが大きくなる。あせった。もしも大地震になったら、糞まみれで生き埋めになるのか。いや、そこまでいかなくても、モノが便器から飛び出すようなことでもあれば、我が家にとっては十分大惨事だ。


あわてて処理し、つまみを引いた。やや水流が弱いが、ちゃんと流れた。ホッとした。


……のもつかの間、地震は大きくなる一方ではないか。リビングの本棚やテレビラックもガタガタ揺れている。おさえようかとも思ったが、それどころではない揺れだ。着の身着のまま、家を飛び出した。


出てしばらくすると、徐々に地震がおさまってきた。同じアパートに住むおじいさんが窓から顔を出して、「ビックリしたなあ。なあ?」と声をかけてくる。2階に住む中国人女性(韓国人?)も降りてきて、「ワタシこんなのハジメテ!」と目をパチクリさせている。初めてちゃんと顔を見たので、「ああ、思ったより年いってたんだな」と思った。こうして振り返ってみると、案外冷静だったのか。ただボケているのか。


こんな感じの地震体験だったが、ともかく会社から安否確認はあったものの呼び出しはなかったので、そのまま家にいた。ちょいと駅前をブラリと見てみたが、思ったより飲食店が営業していてビックリした。みんな偉いもんだ。日本人はすごいな。そう思った。


次の日、案の定呼び出され、地震特集班に組み込まれる。最初は「東京大震災シミュレーション」みたいなことをやれと言われたが、原発問題が深刻化し始めたので一時待機。「フクシマに行け」「イヤダ」などといったやりとりを経て、結局津波の解説みたいなことをして茶を濁す。


専門家といわれる人の話を聞くと、結局今回の地震はどうしようもないものだったんだなということが分かる。まさに「天災」。人ごときが避けようとしても避けられないものがある。言ってしまえば、そんなものだったんだろうと思う。


でも、そのなかでも生き残る人がいた。新しく芽吹いた命もあった。普通起こりうる略奪などの無法行為も、ないとはいわないが乱発するようなことはない。海外から、賞賛と励ましの声がものすごく集まっている。


『バガボンド』のなかで、又八のお母さんが吐いたこんな言葉を思い出す。「世の中に、強い人間なんていない。いるとすれば、ただ強くあろうとする人間がいるだけなんじゃ」


まだ日常というにはほど遠いが、少しずつ通常に戻りつつある。僕の足は主に都営大江戸線だが、大江戸線は地震当日も早く復旧したし、いまもかなり通常に近いダイヤで運行している最強路線だ。いつもは狭いだの、深いだの散々な言われようだが、緊急時には強いんだぜ。おかげさまで通勤も特に困ることはない。


今日は取材帰りに行きつけの接骨院に地震後初めて行った。医院に置いてあるワンピースを読みながら電気を腰に流してもらう。揉んでもらうと「おっ、今日はまた硬くなってますねえ」と言われる。


家に帰って、発泡酒を飲んで、嫁の作ったカレーを食べた。もう寝る。


専門って、どうやって見つけたらいいんだろか。


子どものころからずっと感じていたことがある。悩む、というほど悩んではこなかったけど、それはたぶん僕が鈍感で何も考えずに、何も感じずにいただけで、本当は致命的にマズイこと。


僕には、得意なものがない。


そしてそれは、書き手としての僕にもよく現れてる。文章がそうヘタなわけではないと思うし、政治でも経済でも軽いテーマでも、一通りはこなすけど、どれもすごく面白いとか、上手いとか、詳しいとか特別な人脈があるとか、そーいうの、全然ないんだ。


だいたい、昔から特技とか、メチャクチャ詳しい分野があるとか、そういうのがなかった。そりゃ野球とか、多少は詳しいものもあるけど、僕より詳しくて深い知識や人脈を持っている人はそれこそゴマンといるから。強みにならん。


一時、専門ではなくて、幅広く、そして文章を磨いてなんでも面白く書ける様になることかな、と思ってはみたけど、やっぱりそれじゃ弱い気がする。まあ、文章うまくなること自体がまず難しいけども。


なんか、本気でちゃんと考えないと、これから先には行けないと思う。もう30だしね。言い訳がきかない年ですよ、マジで。


昨日、3週間ため込んだ記事を校了しました。全12ページ!それを3人でやったのは、他をみてもあまり記憶に無い。特に自分もメインではないものの、全体に深く関わったセカンドの立場でやれたので、それも嬉しい。


振り返れば、誌面に出ない色々なトラブルもあって、当初予定した形とは大分変わったんだけど、終わってみればむしろそれで良かったと思う。少しでも話題になるといいな。少しでも売れるといいな。


記事の中身は、日本の近未来シミュレーションと、日本をよくするための処方箋、提言みたいなものの二部構成になっている。シミュレーションは取材とか考案には関わったけど、書いてはない。提言のところで4本、3P半くらい書いた。相続、社会保障、暮らし、日本ブランド。


記事の趣旨は、要するに世の中、若者が色々なものを押し付けられすぎているってこと。なんで世の中の景気が悪いのかって、要するに誰もお金使わないから。だからモノが売れなくて会社の業績が上向かないし、給料が下がる。それでもってさらに消費が落ち込んで会社の業績が下がって……という、まあ俗に言うデフレスパイラルだね。


じゃあ、日本にはカネないのか?そんなことはない。日本には1400兆円というものすごい金融資産がある。個人が所有している貯蓄、株式、債券。でも、持っているのはほとんど高齢富裕層で、みんな寝かしたまんま使わないんだ。お金ため込んで、質素な生活している。でも、それじゃ世の中に金が回らない。江戸時代の人はえらいもので、「金は天下のまわりもの」って言葉を作った。カネが回ることが経済の基本だとわかってた。でも、現代はそうなってない。


一番お金を使うのは、30~40代の子育て世代だってことはハッキリしている。それなら、そこにもっとお金をまわして、それでもって使ってもらわなきゃいけない。そのためにどうすればいいか。今回の企画の肝はそこにある。個人的にも、すごく勉強になる仕事だった。


ただ、若い世代にも色々問題はあるんだよな。特に、選挙にいかないこと。若者はただでさえ絶対数が少ないのに、そのうえ選挙にいかないから、政治家にとって若者受けする政策を打ち出す意味がないんだよね。「選挙落ちればただの人」である議員にとって、それってすごく大きい。


政治なんか誰がやっても期待できない、そう思うのもわかるけど、そうやって自分の権利、主張を放棄するからますます若者がないがしろにされる。若い世代は、もっと自覚をもって声を上げるべきだと思う。これからの日本を左右するのはよくも悪くも若い人間なんだから。そう思って行動することは、結局自分のためになる。


うう、仕事の中身について記録しようと思ったら、ことのほか堅い文章になってしまった。書いているうちに暑苦しくなってしまった。


ちなみに、雑誌は火曜発売です。僕が書いている媒体名を知ってらっしゃる方は、立ち読みでいいので読んでみてください。では。


僕はほぼ毎週、何かしら原稿を書く。


はずなんだけど、実は最近、ある大型企画にかかりっきりで、もう3週間、原稿書いてない。こんなことはいまの編集部に入って1年7か月ぐらいたつけど、初めてだ。仕事してないわけじゃないけど、落ち着かない。


別に原稿書くのは好きな作業じゃない。好きじゃないどころか、毎回「あぁぁ…」「ぐふぁぁ…」なんて心の中でうめきながら搾り出す、とてもしんどい作業。でも、不思議なもので、書かないのもそれはそれで寂しい。だいたい、このブログを書き始めようと思った動機が仕事の記録なのに、書けない。書くことがない。


でも、その3週間がやっと今週実って、来週号で10pくらい掲載する。僕はメインライターってわけじゃないけど、それでもやっと企画を手放せるかと思うとありがたい。


そんなわけで今週は、文章を搾り出す作業がとても多く(別記事も1本書くことになった)、とてもとても辛い。どうやったらサラリと文章が出てくるようになるんだろうか。年々、搾り出す作業がヘタになってきている気すらする。


ともかく、今日はその大型企画の取材の一環で、某昭和回顧的な映画のロケ現場に行ってきた。撮影の合間で俳優さんはいなかったけど、スタッフだけでも相当な人数がいて、とても活気があった。


昔のレトロな情景を再現した映画って、古びた、少し汚れた建物や風景が出てきて、それがとても落ち着くんだけど、あれってエイジングっていって、わざと汚しているらしい。つまり、昔の風景だからといって、当時は建物がみんな古いわけじゃない。新しい建物だってあったはずで、それが実際過去にあった本当の光景のはず。でも、視聴者がイメージする昭和の風景ってみんな少し汚れて、でもそれが暖かいイメージになっているから、そういう僕たちのイメージを再現しているんだね。


そんなことを知った。まあ、だからどうというわけではないけど。