汚い話だが、地震が起きたとき、トイレで大きな方の用を足していた。ゆれ始めたときは、「あ、地震や」くらいにしか思わなかったが、ちょっとずつゆれが大きくなる。あせった。もしも大地震になったら、糞まみれで生き埋めになるのか。いや、そこまでいかなくても、モノが便器から飛び出すようなことでもあれば、我が家にとっては十分大惨事だ。
あわてて処理し、つまみを引いた。やや水流が弱いが、ちゃんと流れた。ホッとした。
……のもつかの間、地震は大きくなる一方ではないか。リビングの本棚やテレビラックもガタガタ揺れている。おさえようかとも思ったが、それどころではない揺れだ。着の身着のまま、家を飛び出した。
出てしばらくすると、徐々に地震がおさまってきた。同じアパートに住むおじいさんが窓から顔を出して、「ビックリしたなあ。なあ?」と声をかけてくる。2階に住む中国人女性(韓国人?)も降りてきて、「ワタシこんなのハジメテ!」と目をパチクリさせている。初めてちゃんと顔を見たので、「ああ、思ったより年いってたんだな」と思った。こうして振り返ってみると、案外冷静だったのか。ただボケているのか。
こんな感じの地震体験だったが、ともかく会社から安否確認はあったものの呼び出しはなかったので、そのまま家にいた。ちょいと駅前をブラリと見てみたが、思ったより飲食店が営業していてビックリした。みんな偉いもんだ。日本人はすごいな。そう思った。
次の日、案の定呼び出され、地震特集班に組み込まれる。最初は「東京大震災シミュレーション」みたいなことをやれと言われたが、原発問題が深刻化し始めたので一時待機。「フクシマに行け」「イヤダ」などといったやりとりを経て、結局津波の解説みたいなことをして茶を濁す。
専門家といわれる人の話を聞くと、結局今回の地震はどうしようもないものだったんだなということが分かる。まさに「天災」。人ごときが避けようとしても避けられないものがある。言ってしまえば、そんなものだったんだろうと思う。
でも、そのなかでも生き残る人がいた。新しく芽吹いた命もあった。普通起こりうる略奪などの無法行為も、ないとはいわないが乱発するようなことはない。海外から、賞賛と励ましの声がものすごく集まっている。
『バガボンド』のなかで、又八のお母さんが吐いたこんな言葉を思い出す。「世の中に、強い人間なんていない。いるとすれば、ただ強くあろうとする人間がいるだけなんじゃ」
まだ日常というにはほど遠いが、少しずつ通常に戻りつつある。僕の足は主に都営大江戸線だが、大江戸線は地震当日も早く復旧したし、いまもかなり通常に近いダイヤで運行している最強路線だ。いつもは狭いだの、深いだの散々な言われようだが、緊急時には強いんだぜ。おかげさまで通勤も特に困ることはない。
今日は取材帰りに行きつけの接骨院に地震後初めて行った。医院に置いてあるワンピースを読みながら電気を腰に流してもらう。揉んでもらうと「おっ、今日はまた硬くなってますねえ」と言われる。
家に帰って、発泡酒を飲んで、嫁の作ったカレーを食べた。もう寝る。