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沼津でいこう。ameblo版

良いも悪いも沼津を愛せばこそです。

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前衛的な映画にでも出てきそうな風景。

今日は東京出張。

午後からは休みをとって懐かしい場所を巡るとする。
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お‐しゃれ【▽御×洒▽落】
[名・形動](スル)服装や化粧などを洗練したものにしようと気を配ること。洗練されていること。
また、そのさまや、その人。「―な若者」「―な店」

せん‐れん【洗練/洗×煉/洗錬】
[名](スル)《物を洗い、または練ってよくする意から》
人柄や趣味などを、あかぬけのした優雅・高尚なものにすること。「―された着こなし」



昔からお世話になっている筋違いの上司『イーノ』さんとの立ち話。

イ「あれ?!お前のスーツ、今時なんで3つボタン~??」
北「いや”はやりすたり”はある程度理解していますが、これには自分なりの拘りがあって・・・」

以前も記事にしていますが、北口は北口なりに拘ってスーツを作っています。
「作っている」と言うくらいなので、所謂「つるし」ではなく、イージーであれ「オーダー」です。
URL: http://blogs.yahoo.co.jp/numazukitaguchi/33362852.html <自分リンク。

イ「え~っ、拘ってても流行ってないよー」
北「いや、流行とかではなく、そもそも3つボタンはトラッドなので・・・・」
イ「え~っ、(以下略)」
北「サルト・フィニートの織部悠は・・・・」
イ「いいよ、今度俺も作るから、一緒にデパートに作りに行こうぜ~」
北「あわわわわわわわっ」

むー。

そして先日、スーツ屋さんとお話しする機会があり質問してみたところ、
やはり、現在は「段返り」も含めて「3つボタン」の指定はほとんどないそうです。

確かに、TPOをわきまえつつも、常時「頭タオル」なオッサンは自分でもどうかとは思いますが、
それなりな清潔感・・・というか、普通に洗濯して汚くなければ最低限はいいんじゃないの??

「お洒落」を語ったり「お洒落」を強要する人は、つまり「お洒落」に自信があるって事???
冒頭、辞書で調べた「お洒落」の意味を述しましたが、自分で「洗練」されているって思っているって事??

正直、オサレに対するアプローチが違うだけなんじゃないでしょうか??

■アプローチが違う例
北口の場合使い勝手や装着感を大事にする傾向があり、「同じ柄」「同じ形」「同じ素材」と、
つまり「色違い」の製品を複数購入します。※今冬はマフラーを3本購入しました。

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「良い物を永く」ってポジティヴ感漂う考え方は確かにあると思うけれど、
「一点豪華主義」ってネガティブな意味も内包しているような気もするし。
北口みたいに同じモノを取替え回して身に付けるってーのも、アリっちゃアリではないのかなぁ?

ん~、やっぱり、オサレに対するアプローチが違うだけなんじゃないでしょうか??

とはいえ、どんなカタチのスーツを作って良いか、現状とっても迷ってしまっています。
信念を貫くべきか、多少は流行を追い「洗練」に小指を突っ込んでみるか・・・。

北口は意外とセンシティブなので、あんまり干渉しないで欲しいもんですなー。



※掲載したマフラーは実際に北口が先日購入したものです。
 ちなみに、某イオンで1,500円が10%引きの1,350円/本でした~(安っ!!)
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それぞれの間のついたては下部がグウッとエグれている。
そして、本体の下部はその先端をグッと突き出している。

絶妙な角度を回避するには、一歩近付かないといけない。
喉元に突き刺さるような角度を避けるには跨がずにはいられない。

「分かってるよ、そんなに責めないでくれよ」

こいつを見て「北風と太陽」の話を思い出した。
きっとこいつのやり方は「北風」で、このままだと嫌がられて誰も使ってくれなくなるよ?

こいつのおかげで「このやり方はしないようにしよう」と学びになったが、フッと気付いた。

「ああ、いいのか」

誰も使わないなら、誰の手によっても汚されない。
誰も使わないなら、仮に汚れてしまっても誰も気付かない。

本末転倒だけど、それも社会の縮図なのだろう。
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「つべこべ言わず、いいから黙って喰えよ」

「つべこべ言わず、いいから黙ってしろよ」

壁に半分埋まり、プライバシーの欠片も保たせる空気を持たないそれは、
子供の頃に見た鶏舎の姿と重なって見えた。

あなただってそうだよ。僕だってそうさ。

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世の中が寒い。馬鹿みたいに寒い。
物理的な「気温」はもちろん、論理的な「空気」も。
そして、それはいつか、論理から物理に変わる。

現状ぼくには追い風も、向かい風も吹いていないけど、先なんて見えない。

僕は生き延びることができるか?
君は生き延びることができるか?

僕は刻の涙をみる。
君は刻の涙をみる。

※文末四行中二行は、例の作品からの引用です。
※挿絵は、金属の質感による冷たさで寒波を表現しています。

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「ホット用ですけど・・・」

一々言わなくても分かってるってばさ。
魔法瓶って知ってる?
熱いものは熱く、冷たいものは冷たく保つのです。

段ボールってスゴイね~。
路上で生活する人が重用するのも頷けちゃう、その効果に大満足です。

「イエスリーブ!」

次の合言葉やなー。←次って何やねん。

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最近は、随分と健常者にも邪魔にならないモデル(?)が増えてきているようで、
だから時々、こんな風に思ってしまうのです。

北「なんで両方に着けないの?!」

全てにそれが装着できれば、それを利用したい人には随分と役に立つのではないか?

スペース?
コスト意識がない?
実と理?

分かってるよ。
そもそも、僕自身が聖人君子でもないくせにね。
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朱に交われば赤くなる。

郷に入っては郷に従え。

里に入りては里に従う。

人の踊るときは踊れ。

門に入らば笠を脱げ。

国に入ってはまず禁を問え。

所の法に矢は立たぬ。

どこでも、そうなんだよな。
多分、そういうの苦手みたいなんだ。

無理に形を揃えようとしても、硬い陶器は変形しない。
もし不必要に力を加えたら、粉々に砕けるだけ。

砕ける事が摂理なのか?
砕けないように、力を加えなければ良いのか?

僕はそういうのを、身に着けずに来ちゃったんだよ。
昨日は早朝から某所、某イベントのお手伝い(ボランティア?)。
※「おりも政夫」さん、お元気ですか?

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ちなみにこのイベントはとっても長丁場で、また、いくつものカテゴリが並行して行われるようで、
時おりゴール地点を覗いてみても、選手はパラパラと断続的に走ってくるため、やや感情移入しづらいです。

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レースへの興味がひと段落すると、どうしても興味は『食』に向いてしまいます。
沢山の人が集うイベントなので、この日も沢山の数の屋台が所狭しと並んでいます。

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そしてその屋台達は、睡眠不足でゲンナリとしている北口の胃袋をちっとも休ませてくれません。

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そして、どこからか、とても清んでキレイな歌声が聞こえてきました。
近付いてみると「屋外ライブから武道館単独公演を実現」した『宮崎奈穂子』さんがライブをしています。

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あまりにも声がキレイだったの(と、係員さんが可愛かったの)で、CDを購入。
なんでも、この日特別の「限定200枚限定」で『宮崎』さん手書きのシリアルが入っています。

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北「嗚呼、なんでこの時も高井麻巳子の番号を選んじゃうかなぁ・・・」

てーか、何を手伝いにきたのだったっけ???

まあ、いいか。

眼下の相模湾はとてもキレイだったし。

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表彰される選手の皆さんは、とても良い顔をしていたからねー。

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その道は、北口が伊豆半島を目的地にし、国道414号が混雑している際、
沼津市大平~函南町へ抜ける、北口にとっては文字通り「抜け道」みたいな道です。

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法定速度は30km/hの道なので飛ばす事はできませんが、
極端な渋滞はなく、また対向車と変われるスペースもボチボチあるため、それなりに便利に使っています。

そして、恐らく30km/hな理由は、中程にある『市立第三中学校』の存在。
本日ご紹介するのはその『市立第三中学校』の前にある『海軍技研址』です。

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特に意識せずに走っていたら、きっと気付かない事でしょう。
その跡地はほとんどが住宅地になっており、そこに『海軍技研』が在った事を全くに感じさせません。
それを伝える、ほぼ唯一と言えるであろう、その存在を伝えるのがこの『石碑』です。

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もしここが、北口の地元であるならば「地主が先祖代々のお墓だけを残し土地を売却した」という風情で、
辺りの住宅や駐車場とを見比べると、どうしても違和感を感じずにはいられません。

ところが『石碑』の裏面に回り、そこに彫られた文言を読むと「空爆の犠牲~往時を偲び」とあり、
前述の北口の戯言も、あながち見当はずれというワケではない事に気付きます。

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これは単純に『海軍技研址』を示す石碑ではなく、ある意味”墓標”と言えるものなのかもしれません。
いくつかの意味でこの場所が『戦争遺跡』である事を悟り、やや複雑な思いで手を合わせお参りしました。

     

=沼津海軍技研================================================================================

大正12年に東京に設立された海軍の兵器開発・研究機関です。
沼津に設置されたのは音響研究部門で、昭和16年のことです。
(現第三中学校とその周辺約82,000坪が敷地でした)

この研究所のほかに工員宿舎・実験用水槽・作業場・倉庫なども配置されていました。
江浦、淡島、大瀬崎、長井崎、多比、下土狩などにも用地・設備を保有し、
実験用船舶も10隻以上あったと言われています。
この研究所では空中・水中聴音機、潜水艦探知機などの開発研究が行われたと言われます。
沼津の水道の基礎となったと伝えられます)

※沼津市HP「ぬまづの宝」より。

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物理的には何も残っていなくても、語り継がなければならなに事があり、
それを語り継ぐため、残される「何か」が、この『石碑』なのでしょう。

「上手く行くことが少ない」と嘆いてみたり、
「何かいい事ないかなぁ」などと呟く事の多い日常ですが、
平和でいられている今は、とても幸せな事なのかもしれません。

いつまでも、いつまでも、この平和が続きますように。

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