重茂味まつりは、2011年東日本大震災当年は開催されなかった。漁港の港湾施設は激しく損傷して、まつりを開ける状態ではなかったのだ。

その時、生活クラブ岩手はアウェイでの大交流会・逆味まつりを重茂漁協本所で敢行、まつりなどの心の癒しを渇望していた重茂半島の人々を励ました。

「好きです重茂」の前身、「好きです東北」もその時20人を超える大人数で相乗りして、イベント手伝いなどをしたが、生活クラブ山梨からは、組合員が作った太鼓チーム・らん・LA・乱が、バスに太鼓を乗せてやってきて、重茂中学校の魹ヶ崎太鼓と共演。
その後の、味まつりにも美魔女たちは勇壮な太鼓を披露して、人々を励まし続けた。

今回は、らん・LA・乱の、重茂でのラストステージだ。

生活クラブ山梨・らん・LA・乱のみなさん。花を抱えているのが山梨の理事長OGでもある中野裕子さん。中央、黒いシャツにエプロンが似合う生活クラブ岩手・熊谷専務。熊谷さんの左下にいるのが、土橋のり子さん。














震災の年も、震災後はじめて味まつりが開かれた時も、らん・LA・乱の太鼓の音が共にあった。

不肖・タカハシはそのことを絶対に忘れない。

重茂の会場に花束を準備したいと考えて相談したところ、「好きです重茂」の同行者の、金内さん、細谷さん、山中さん、前田歩美ちゃんが参加表明してくれた。
皆の協力のもと、花キューピット便を利用。
ダメ元で頼んでみたら、宮古市街からお花屋さんが持ってきてくれた。

ただ、炎天下に生花をそのまま置いておくことは出来ない。どうしたものだろうかと、重茂漁協の斎藤君に相談すると、冷蔵庫同様の車両の一角をつかわせてくれた。

らん・LA・乱の演奏中は「好きです重茂」の坂元さんが、舞台裏で大きな花束を抱えて待機してくれた。

皆の力を合わせて、炎天下の重茂港で、花束に託して、らん・LA・乱のこれまでの素晴らしい演奏、そして女気溢れる被災地支援の数々を微力ながら讃えることができた。





らん・LA・乱は、今後も山梨とその周辺での演奏活動は継続する。まだ、彼女達の勇壮な太鼓を聴く機会はあるので、その点についてはご安心を。

21に続く……。