浄土ヶ浜を後にして、いよいよ本州最東端・重茂半島へと向かう。


まずは、半島内で最も肉厚わかめの生産が盛んな音部浜(おとべはま)に向かう。

当地のわかめ養殖のはじまりの地でもあり、歴代の重茂漁協トップや理事はこの集落出身者が多いとも聞く。


昭和55年に、重茂の女性部が主導で始まったという「合成洗剤追放運動」の看板。重茂の各所にある。

せっけん利用促進を図る活動家たちが実施した実験で、せっけん液の中では大丈夫だったアワビの稚貝が、薄めた合成洗剤をかけたら死に絶えたのを目の当たりにしたことから、重茂での「合成洗剤追放運動は始まった。

2011年の大震災時に、ほとんどの看板が流されたが、今ではこの音部浜のもののように、新しい看板が再建されている。



震災後、跡形も無くなっていた港湾施設は再建され、今年も重茂の大部分のわかめがここで陸揚げ・加工されている。



震災後は重茂漁協総会決議で複数戸の漁師が数限られた船を共同で使う…という、非常時対応をしていた。その状況を脱して数年。一軒一軒の船が整い、日常を取り戻した様子が見て取れる。

こんな様子を見ている我々一行の動きを、父親の運転する軽トラックの荷台に乗った、こんがりいい色に焼けた男の子が不思議そうに眺めていた。

重茂ではこのような大型の加工施設もあるが、後継者がいて家族人数が多く、家庭内で加工までできる漁家は、塩蔵までを自宅でやり、付加価値をつけて販売するそうな。

いよいよ重茂の番屋へ。
⑥に続く……。