味まつり前夜交流会です。
今年はウニあわびが不漁とのことですが、そんな中、重茂の皆さんは美味しいウニをたくさん差し入れてくれました。
左から山内、重茂漁協の大下くん、「好きです重茂」代表(呼びかけ人)の川村くん。
生活クラブ岩手専務の熊谷さんから「お顔つきからして代表の風格」とほめられた新代表です。
ここでいくつか聞いた話を。
今回の交流会には「大謀(たいぼう)網」とも言われる定置網の船にも乗っている若手が結構来ていました。
当ツアーの女性陣に「彼氏いるの?」と迫ってはふられて、かなしそうにしているシーンもあったようですが、いろんな話がきけました。
1つは魚の販売のルート、商流・物流の変化について。従来は市の中心部、宮古市の市場(重茂の北)に出すのが一般的だったけれど、今では、さばなど加工を前提としたものを中心に南隣の山田町の市場に出すことが増えたとか。
理由を聞けば「そこから南の気仙沼や石巻に運ばれて行く。少しでも加工地に近い方に水揚げした方が運賃のロスが少なく、より収入につながるから」だそうです。これらの加工地が大震災から復興してきたこと、今、整備が進んでいる道路に乗って魚が地方都市の加工地を経て、さらに仙台圏、首都圏に流れるルートが再構築されたということなんでしょう。宮古市はその流れからははずれてしまったんだな……そう、思いました。
もう一つは熊谷さんからおすそ分けして頂いた話です。
やはり定置網に乗っている若者に聞いた話だそうで。
その子は被災時15歳。熊谷さん達生活クラブ岩手が他に先駆けて支援に入り、物資の支援からはじまり、被災した地元の女性達が仕事に戻って来れる状況になく、人手が足りなかった時期にわかめの袋づめの支援をするなどさまざまな協力をしてきたことや、生活クラブ連合会で定置船を一艘贈呈したことなどがあって、「この人たちとつながっているなら漁業をやっていける」と思ったのだそうです。
「当時は、今、この状況をなんとかしたいという一心で関わっていた。それが7年後の未来につながっていたなんて……重茂の若者の選択にも関わっていたなんて…」と熊谷さん。
でも、「この先も、ずっと重茂と向き合っていくんだ」とのある種の覚悟、誓いを立ててはじめから一貫して真摯に関わり続ける熊谷さんと岩手のメンバーだからこそ、若者の進む道にも関わり得たんだと思うのです。
⑤につづく…




