音部地区から、重茂番屋へ。
例年のように、生活クラブ岩手の皆さんが温かく受け入れてくれました。理事長、副理事長が交代し、新体制になっていましたが、いつもながら岩手組合員の連携は本当に素晴らしいです。皆さん、このまますぐ、惣菜ワーカーズを立ち上げられるよ。
ウニをはじめ、生活クラブ岩手の心づくしの手料理を前にした3人娘。
今回の交流会は記念すべきものとなりました。重茂漁協では今年6月、総会で伊藤隆一組合長が満期を迎え、後継の山崎義広さんが新理事長に(山崎さんの後の副理事長には元・参事の高坂菊太郎さんが就任しました)。
伊藤さんには生活クラブ岩手からお祝いの花束と記念品が贈呈されました。生活クラブ岩手の理事長を退任された豊川京子さんのハグを受け、はにかむ伊藤さん。
就任から15年、重茂を率いてこられた伊藤さんは「任期の半分は震災からの復興に捧げた」旨、話していました。
現職の頃と比べても表情がはるかに柔らかくなったなあと思いました。震災復興を牽引する重責を果たしたからこそでしょうね。
伊藤さんは若い頃、あわび取り日本一に輝いたり、周囲に懐疑的な眼差しを向けられながらも、盟友とととにわかめの養殖を重茂に導入したというように、非常に優れていただけでなく、激しいものをうちに秘めた人です。
2011年の総会で他の漁協に先駆けての「重茂漁協から1人も脱落者を作らない。協同の力で復興する」との宣言は報道番組でも取り上げられました。
その後の復興へ向け精力的に取り組まれて、政治力もフル活用して、船をかき集め、国の予算を取り付け……後世に語り継がれるべき活躍だったんです。
退任されたので時効と思いますが、過労で体調を崩し、車を運転しながら意識を失いガードレールにぶつかって入院したこともあったと聞きました。当時、重茂では箝口令がしかれたかのようにこの話は内密にされていましたが、そんなギリギリのところを続けて来られたんですね。今回、80歳になるのを機に後進に道を譲られたとのことでした。
伊藤さんの英断と満場一致でそれを受け入れ、実践した漁協組合員がいたから重茂はこんなに鮮やかに復興できたんです。その人たちとわかめでつながっている…すごいご縁だと思いませんか?
代がわりしたと言えば、岩手単協もそうでした。理事長の亀井由香里さんは、「(まつりの準備をはじめ)ここまで来るのは大変だった」と、心情を吐露。さらに「それでも、先輩達があんなに一生懸命にやってきていた事を、私たちの代で途絶えさせる訳にはいかないんです」とすこし涙ぐみながら思いを語ってくれました。
生活クラブ岩手の職員と組合員
生活クラブ岩手の30周年記念に、地元・岩手の提携生産者の岩手阿部製粉に作ってもらった特製スイーツ。素精糖の色をした衣を纏い、中にはお豆腐が入っていました。もちろん岩手単協の関連のお豆腐やさんでした。
④につづく



