事例流用
先行開発した知識を「事例流用」という言葉で、やすやすと使おうとする輩が多い。
まず彼らは、対価を支払おうとしない。
対価とは、一義的には費用のことであるし、もう少し言えば先行開発した者への心配りということである。
対価を支払わず、コストを掛けず、安くその場をしのげればいい。
「事例流用」の輩の基本戦術である。
先行開発には、勇気が要る。
最終的なアウトプットに至るまでに、膨大な時間を費やしている。
「 事例」などという言葉では表しきれないドラマがあるのだ。
単に最終的なアウトプットだけを取り出して「事例」を流用しても、彼らにはハートがないため、先行事例以上のものは生み出されない。
いや、生み出す気概すらないのだから、もっとタチが悪い。
そのようにしてコピーにコピーを重ねたシロモノには、結局「心」がない。
なぜそのような機能になったのか、語ることもできない。
「仏作って魂入れず」とは、まさにこのことだ。