はろう。なかなか輪に馴染めていない人間を見ると、つい昔の自分と重ねてしまう私だ。


先日、というかかなり前、成人式にて何人かから過去の行いについて謝罪を受けた。過去にされていた内容は覚えていたが、当時の感情までは覚えていなかったので複雑な感情になりつつも、「そんなのもう時効やでー」なんて告げてその場を切り上げた私である。


小学生の頃、休み時間になっても自分の机の周りにだけ人が集まってこない日々が続き、そこで初めて自分が人気者ではないことに気がついたのだ。


それでいて目立ちたがり屋な私だったので、学級委員長に立候補しては自分にだけ票が一つも入らないなんてこともあった。一人くらい気をつかって票を入れてくれる子がいてもいいものだが、それも叶わず、ただただ恥ずかしかったのを覚えている。


人望を取り戻そうと幾度となく試みたが、その努力も虚しく、状況が改善されることはなかった。


やけに水筒のお茶がマイルドだと思ったら中にはほこりと蟻が入れられていたり、自分の靴が掃除道具入れから砂がパンパンに詰められた状態で発見されるようなこともあった。


どう考えても逆効果だったのである。


私以外にもイジメを受けていた人間、いわゆるイジメられ仲間なる存在がいたのだが、彼が私に対するイジメに加担をし始めたことが、どんな種類のイジメよりもこたえた。


小学生ながらに私は、「人間はイジメられる痛みを知っているからこそ、優しくなれる」ではなく、「イジメられる痛みを知っているからこそ、二度とイジメられることがないように立ち回る」が正しいのだと悟った。


そして彼の気持ちも痛いほどわかったので、責めることもできずにただただ絶望感に浸っていたのだ。


イジメられている理由はわかっていた。私はとても太っていたのだ。小学二年生の時点で45kg、そして中学二年生になる頃に体重は85kgを超えているほどに。きっかけは体型だったのだ。


小学生の彼らにとって他人をイジメる理由は、体型で十分以上だったのだ。