はろう。俺はどう足掻いても疲れないから無限の体力を持っているのだ、なんて思いながら、駅の改札機まで傘を指したまま進んでいた私である。


「疲れた。忙しい」と口に出すことを躊躇ってしまう。それどころか、そう口に出している人間を心のどこかで小馬鹿にしてしまっている節があるのだ。


自分自身のための、自分自身の手で詰め込んだはずのスケジュールに自ら文句をつけるべからず、といった具合のプライドである。


疲れたのならば休めばいい。忙しいのであれば辞めてしまえばいい。他人に、自分がいかに多忙なのかを吐き出してしまうほどなのであれば、尚更その生活から脱するべきなのである。


それは多忙を極める自分自身に浸っているに過ぎない。特に遊び疲れている報告ほど冷える情報はないのだ。


なぜなら、それは自分がやりたい、もしくはやると決めたことなのだから。


最近、「亜人」を愛読している私なので俯きがちな文章になってしまった。


ところで「亜人」はとても良い。


とにかく痛そうだ。