大念仏寺 | おだわらぐらし

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縁あって暮らす事になった相模の国 小田原
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昨日、7/11から 平野では杭全神社(クマタジンジャ)のお祭りが始まりました。賑やかで人の出の多い事で有名なお祭りですが、11日はまだ地車(ダンジリ)が曳かれないので道も比較的すいている_そうなので、あえてこの日にお参りを兼ねて「平野郷歩き」をしてみる事に。

まずは5月にブロ友さんにご案内頂いた大念仏寺へ行ってみます。


あの時は「万部おねり」という大法要の日で 

それはもう な体験をさせて頂きましたが、 逆に建物はゆっくり拝見できませんでした。という訳で今回は建物 をしっかり見せて頂きましょう。


まずは「山門」。

↓扁額には山号「大源山」の文字。

山門の説明板。

1706年に造られた門と 後西天皇の皇女の筆になる扁額 そして棟木が 市の有形文化財の指定されている~ そうです。/ *お寺の公式HPには扁額の文字は「霊元天皇皇女、宝鏡寺宮徳厳尼ご親筆」と載っています。お寺の説を第一、とするべき、でしょうかねー?

門の脇には句碑。

「はる風や 順禮ともか ねり供養 / 一茶」(=春風や巡礼共が練供養) 脇の説明盤によると、一茶が三十三歳(寛政七年・1795年)のとき大念仏寺にたちより詠んだ句とのこと。 句の前に「ここに融通大念仏寺と云ふあり練供養のありしと見えて其の橋がかりあり」とあるので、 一茶が立ち寄った時はすでに法要の練り供養は終わっていて 来迎橋を巡礼達が旅の思い出として(?)渡らせてもらっていたんでしょうか? それとも巡礼が列をなして本堂に参るのを「練り供養」にみたてた、のかな?

門を潜ると、左手に手水舎。少し右に本堂が見えます。

敷石の両の脇には蓮の花が・・・

つぼんでいました^^;)(童謡「ひらいたひらいた」にある通り、蓮華は朝咲いて昼には花を閉じますものね)


花のバックに写っていたのは 経蔵。


その東には「円通殿」。_観音堂だそうです。祀られている聖観世音菩薩像は伝教大師作と伝えられているそうな。

(↑中国風の趣が 「いいねー」)

経蔵の北には宝物館。

有名な「幽霊の片袖」などもここにー。

その隣には楽邦殿。納骨堂だそうです。


鐘楼は改修工事中でした。


鐘楼の向こうには龍王殿と霊明殿_。

左奥は「いちょう保育園」(大念仏寺さんの保育園だそうです。/因みに銀杏は大念仏寺の寺紋、ですね?)

霊明殿というのは_

思わず見入ってしまう 美々しい門をもつ施設でしたが、一体どなたが祀られているのかしらと思ったら、、、

鳥羽上皇と 徳川家康と 後小松天皇(一休さんのお父様?) でした。

創建は1156年で、当時は鳥羽上皇(←大念仏寺は1127年に鳥羽上皇の勅願により建てられたお寺)の霊牌と御真影が祀られていたそうですが、 江戸時代になると徳川家康(←平野は豊臣時代に環濠を埋めさせられており これを不満に思っていたのか 大阪の陣で平野は徳川につきます。戦が終わると家康によって環濠は修復を許され平野も復興なります。平野の人は家康に感謝の気持ちをもっていたのでしょう) も合祀され権現造りの社殿が建てられたといいます。今に残る正門と回廊は当時の遺構とか。 更に 平成20年には大規模な修復工事が施され その折に融通念仏勧進帳の序文を書かれた後小松天皇を合祀した そうです。(へ~)

さて、改めて_
本堂へ。

大きいですね!

大阪府の木造建築で 一番大きい そうです。
そして 細部にまで意匠が凝らされています。


1938年に再建された建屋ですが 2003年に国の登録有形文化財に登録されています。
階段脇にマニ車がありました。

↑上にネパールの国旗が。/おおさか十三仏霊場会がネパールのパタン市の学校建設に援助をしたそうで、これは両国の友好のシンボルとして ネパールから おおさか十三仏霊場会へ贈られたもの、ですって。

本堂南には客殿 瑞祥閣。

百畳敷の大書院だそうです。


瑞祥閣前から南門(画面中央奥)の方を向くとー

↑右に寺務所、左奥に塔頭:梁松院が見えました。

では南門から退出しましょう。

門を潜って改めて向き直った南門_。

↓門の脇に説明板が~。

この門は「もと古河藩陣屋門」だったんですねー。それが明治に入ると「平野小学校」の表門となり、そのまま昭和2年まで使われていた、って すごいなー。(古河藩って今の茨木県古河市なのね?平野がそんな遠くの藩の所領だった、というのもなんだか不思議・・・)))

*ちょっとオマケ*
南門の脇の石柱にはこんな字が彫られていました。「不許葷酒入山門 (クンシュ サンモンニ イルヲ ユルサズ)」 (葷-クン はネギ・ニラ・ニンニクなどの匂いのきつい野菜の事だそう) 修行の邪魔になる物をお寺に持ち込まないように、という諫めですが、 もしかしたら酔っぱらってはもちろん 匂いのきつい料理を食べた後も お参りは遠慮すべき、なんでしょうかね???



この後は郷内をきょろきょろしながら平野公園の赤留比売命神社(アカルヒメノミコトジンジャ)を目指しました。/つづくー