若年末期癌患者の私がつらいと感じていること10選
1.ただ生きるためだけに色んなことを諦めなければならない
2.推定余命を超えると風化していく
3.何をしても決して満足できない
4.未来をイメージできない
5.人に迷惑をかけ続けていることが許せない
6.日々一人でできることが減っていく
7.一人の夜がとてつもなく恐い
8.経済的に困窮する
9.公的サポートが受けられない
10.常に身体が痛い
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ほとんど、該当しない。
1は後回し。
2は、まだ分からない。
3は、そんなことはない。それは気のせいです。それは、4に関連付けて考えるからかと。
4の、「未来」に関連付けると満足できないだけで、そのときは満足してるはず。
先を見据えたときに、こんなものじゃないはずだ、もっと可能性は押し広げられるはずだ。
自分の残り少ない命と、通常、健康的に生きれたであろう、可能性の年齢とで
差別視したときに、引き算で見れないものが多いと悟ったとき、そう感じることがあるかもしれませんが
3は、人それぞれじゃないかなぁっと。
4、これはある。たとえば恋愛や結婚。
結婚を前提に付き合えない。何年先かの予定を立てられない。
悲しませるの前提で向き合える人がいない。いたとしても、踏み込みにくい。
かなえさせたいようで叶えさせられない。
何もなく普通に健康的であるなら、みなさんと出会えなかったわけだし。
病気だから出会えて、でも病気だから、踏み出せず。苦笑するほかない。
どんなに心で思っていてもそれをその人に伝えられない苦悩はありますね。
5、・・・・・ん?w
え、そんなにみなさん迷惑に思ってるのかな。
自分の存在が家族の負担になってる!とかって。思ってるんだろうね。
特に高齢の方であるほど、それは思うのかもしれない。
あれ、でもこれって若年性のアンケート。。。うーん???
僕は特にこれを感じたことないな。。。。w
むしろ、恩返ししてください。w(ぉぃ
そんなにみんなまじめなんだ。へえ。。これはちょっと意外だった。
若年者だからこそ思うことなのかな、経済的な問題で迷惑かけてるからってことだろうと思うけど。
ああ、そうか、普通、この場合、親が肩代わりしてくれるのかな?
だから申し訳ないとか思ったりするんだろうか。
うーん。よくわかんないな、僕には。
前提として、僕を知ってる方って、親がいて子があって、昔から良く知っていて
など、親と子であるだろう状況を見ている人であって、
実際のところは何も知らない人が多いから、いない人の話をよく、される。
まあ、誰にも知り合いには言ってないから当たり前なことですが(^^;)
だからこの5は、あまり感じないかな。うん。残念ながら親が親として機能してなかったんです。うち。
6は、まだ分からないな。
むしろ初期の段階で既に何も出来なかったから
放射線で今はいくらか回復傾向にあるので、なんともいえない。。
7は、そんなことはないw
えー。悲観的に思うことがないので一人の夜は楽しいですよ♪
というか、ずっと一人だから、今更というか。。。うん、そんなことでへこむほど精神弱くない。
ガンでへこむ前に、ボディと後頭部に、どえらいの貰っての、ガン闘病生活なので
はっきり言ってそのときに比べたら、へのツッパリにも←
むしろ、ガンになってからのほうが毎日楽しいです。
8、ある!
ありすぎる!
仕事したいです。
バイトでもいいので。
とりあえず、アフィリエイトと、
あー。あきたんが教えてくれたのまだだ。。。
忘れてた。。
あと、書き物をしています。
ニュースに出る記事を書いたりするバイトをしています。
ウェブライター?ですね。ブログではないので。
9、ある!
公的サポート何もありませんね。
ガンによる作用で起きた障害は、身体障害ではないそうです。
がーーーん!
左手あがらなくても、生活上問題ないそう。
えー。
そんなまさか!ですよね。
指先動けば問題なっしんぐ!
だ、そう。
マジスカ!
ガンであることでもサポートはないし。
ガンなんです!」
へえ。そう。。お若いのにお気の毒ですね」
・・・・・何もありません。」
なーんにも?」
はい。」
そんな会話が繰り広げられた、とある市役所での会話。
10は、あります。
痛み止めを飲まないと全身が悲鳴をあげます。
きのう、昼にクスリを飲み忘れて、全身激痛でした。
骨に転移したときの痛みほどではないけど
ひざをトーキックでけられる感じの痛みが全身にある感じ。です。
やっぱ経済的なものと未来を想起させるものですね。
この二つは関連してしまうし。
なかなか難しい。
そして、後回しにした1は、『生きる為だけに徹してしまうなら』が前提にあるように思う。
そうせざるをえない、選択肢を選択してしまってからそれは始まる物事で、
本当に何か、すべきこと、できることがあれば それに打ち込むほかないように思うけれど
現実、それが成し得れる環境が追いついてこない(公的サポート・保険に入ってなかった等)から
ひとつの行動をとるにしても、制限が生まれてしまい。萎縮してしまう。
精神の萎縮が一番恐ろしいように思う。
僕は、告知を受けたときと、テンカンと発作で動悸したときだけ死を見つめたけれど
そのほかの時間は、死について考えたりはしてませんね。
考えたところで意味がないので。
すいません、サッパリしてて(^^;)
いえ、先月、ここに訪れた人の多くが、「がん 死にたくない」だったので。
僕は、死にたくないとは思わないんです。
生きたいとは思うけど。
死にたくないって思うほど未練あるんだなーって思って。
そんなにしたいことあるのかな、
みなさん。
んや、僕もある程度の未来設計図を果たしたいという思いはありますが
それはもうガンになった時点で、描きなおさないといけないものでしょうし。
また一から、ガンを見据えた上での設計図を書き直すほかないです。
ある程度の希望と無理を掲載していくほか、そのほかは自分と相談して
経済面でも話し合うほかないです。
感情がそれを阻害してしまうなら
それは捨て去ったほうが賢明です。
悲観的に思ったところで何も前に進めない気がします。
というか、進めません。
むしろ、それが枷になって重くのしかかってしまうようなら、悲惨です。
前にも言ったことがあると思いますが、ガン以外で既に最悪な環境を経験したので
そのときは、本当に悲観的に為ったところで、何も意味を成さない状況でした。
自分が動かないと、何も生きることには繋がらない状況だったので
もしそのとき、悲観的に死にたくないと思い悩むだけに徹していたなら、
きっと、そのとき既に、死んでいたと思います。
でもそうはならなかったので
やはり、悲観的に為らなくてそれはよかったと思えます。
悲しむのはいいと思う。
けれど、悲しみ続けるのは良くない。
もうそんなに悲嘆したなら、もっといいものを見よう?
って、僕なら思います。
そこまで達していない人に、悲しむな、なんていえるほどじゃないけれど。
非情かもしれませんが悲しんだところで何も生まれない。
悲しむ暇があるなら、行動します。
この病気、ガンという病気に向き合うことが一番、不安や心配を払拭できると僕は信じます。
だって、せっかく生きてるんですから、今を楽しまなくてどうするんですか。
いま楽しめる環境にあることを、日々誇れなくて、不幸せに懐を痛めて毒を蓄えて、毒を吐いて
相手を不快にさせて、何がおもしろいかなーって思ってしまう。
いえ、いくらだって吐いてかまわないんですよ、
それですこしでも不安が拭えるなら。
すきなだけ自分の時間を堪能するのがいいと思います。
ただ嘆くだけの日々と
楽しいものに迎える日々を後から振り返ると
あのときは、無駄だったなーって後悔したくないんです。
うそをついてまで友人に本当の病状を言わない人もいれば
それを気遣いと眠らせてしまう真実と称す人もいます。
夜中、おびただしいほどの苦悩をつづる人もいれば
何も語らないがん患者だっていますし。
人それぞれでいいと思いますが、
どうせなら、近況は書きたいけど、苦しむ様子はあまり見せたくないかな。
まあ、そんなこといっても、いずれぼくもしてしまうんだろうけど。
ねむい。
何かいい音楽しりませんか?
チャットモンチー、キックザカンクルー、飽きてきた。
いい加減、別の音楽を耳に蓄えないと。