悩みです。
突然の出来事であったことも。
民間の入院保険に入ってなかった事と
無論、がん保険なんて。
思ってもみなかった事なので入ってませんでした。
ともすると、
お金がかかるわけです。
今まで三ヶ月強、入院しているのですが
恥ずかしながら、
その費用の援助を
経済的にいくらか余裕のある家族に出して頂いてる現状があるんです。
それで次回の入院のとき、
個室→大部屋に移らないとねっていう話になってます。
この先、ずっと入院で抗がん剤を打つならば、です。
出来るなら、アリムタ一本で外来で済むならそれが一番経済的負担が少なく
自費でなんとか出来そうなものですが、
今までの経験からすると
1週間ないしは10日前後の間に
何かしら副作用以外の症状が起こっているので
外来に切り替えられない、切り替えづらい、というめがね君の対応でした。
この先、使う抗がん剤が、アリムタ一択になれば、です。
もしまた別のものを使うとなると、入院期間も延びます。
それと、
実は、、、まだ家族に告げていないんです。
医者の見立てでしかない余命だとしても
その余命を伝えることで精神が狂ってしまう恐れのある家族には
その内容は伏せて、話をかわしています。
でもその伏せてる相手が援助してくれてる方で。
僕は、出来るなら話してしまいたいのですが、
その方は、生きる希望を持って、援助してくださってるので
医者の見立てとはいえ、余命の事について告げるのは、
「家族不幸だよ」、とオカンに言われたんです。
こないだも、実家に帰ったとき
(正確には、僕の実家ではない。僕に実家はないので。)
その話題に触れられて、正直、その話をかわすのに必死でした。
2,3回ならまだしも、
医者から何か聞いてるのではないか、
そして、たぶん、嘘をついてる顔を僕がしていたんだと思います。
その方は、たいそう鋭いので。
そして、、、
これは、父にも連鎖することで。
もし、仮に、父に今の現状を伝えたなら、
自然、必然的に、その支援者にも話は及び、結果としてすべてが明るみに出てしまう。
だから、僕が生きている間は、そのことは伝えないで欲しいと
懇願されました。
たぶんですが、
僕が死んでも、あの人は、父にも支援者にも伝えないでしょう。
絶望を見せて悲しませるくらいなら、いっそ知らないままのほうが幸せであるから。
突然、死んでしまったとしても、それは、了解するしかない現実だから。
長期的な入院でかかる経済的負担を考えると
事実を話したほうがいいように思っていたのに
それは、すべてを狂わせる要因になるから、話すな。ということ。
そして、それは、無論、これからの入院生活の不安に及ぶわけです。
大部屋の人たちとは、よく顔を合わせるのですが
その多くが老人で、20代の患者は僕しかいませんでした。
よく大勢の見舞い客をつれて
子供が走り回ってる姿などを見ると
憂鬱になっていました。
僕自身が気を遣う性格だからか、
外来が無理なら、入院では個室が一番よりよいものだったけれど
その多くが自費ではない分
「身分に見合った生活を心がけろ」と親族の一人から言われるのも
分かるのですが、その親族の方々にさえも、その後の末路、可能性の話は
何一つ説明していないので、
みな、治るもの、としての応対の仕方なんです。
無論、僕も治りたいとは思いますが
そこでの精神的ギャップが親族との間に生まれていて
当事者と、周囲から見た目、という意味でさえも既に離れているのに
それ以上にミゾが深まる要因として、経済的なことがネックになっている現実は、
ほんとうに心苦しいです。
お金が無いから、その身分にあった部屋にするというのは分かるのですが
どうせ死ぬのなら、僕は医者や看護婦以外の見知らぬ他人を置いて死にたくはないです。
半身が使えないこと。
部屋や風呂(予約制)やトイレが共用スペースなこと。
現状において、長距離を歩けないこと。
でも今にして思うと、
それは微々たる悩みかもしれません。
わがままなのも分かります。
その言葉を親族に言えない事がまたストレスです。
あと、半年その余命にかかる年月の僕は、ちゃんと生きれているんでしょうか。
読み返す暇がある未来の僕へ、
「貴方はまだ生きていますか?」
・・・なんて、へたれですね。w
個室と、大部屋の差額は3000円ほど。
でもそれにしても大きな額である事に間違いはないし
援助していただいてる身ですから、我儘は言えません。
覚悟して、大部屋に移るしかないですね。
頑張ります。