つい先日までずっと一緒にクリエイターとして作品を作り続けていた方とたもとを分かった。

 

決定打は一つだったが、それ以外にも理由はあった。

別れを決断するときの感情は複雑で、今でもまだ暖かい気持ちの方が強いように思う。

だからこそ、完全に縁を切らないとずるずると関係を断ち切れず、苦しい思いの方が増えてきてしまう未来がみえて、完全に今は連絡を絶っている。

 

自分と一緒に作品を作ってくれたこと、自分にクリエイターとして様々な経験を積ませてくれ、多大な自己肯定感を与えてくれたこと。大きな箱で自分の作った映像を使ってくれたこと、日々の生活を彩る作品を見せてくれたこと。

ここ数年本当に通常では得られない経験をさせてもらった。

 

その感情があるうえで別れを選択しなければならないくらいの悲しみがあった。

 

一緒に作品を作っていたのに、決してプライベートでの交友関係はなかったこと。

ファンの方とは一緒にプライベートでも遊ぶのに、私とは雑談ですらすることがほとんどなかったこと。

映像を作ってライブで使ってもらっても、関係者として紹介してもらえることもなかったこと。

すべての作品制作を無報酬で請け負っていたこと

 

ただ、結局のところ

交友関係を広げられなかったのは、私が積極的に話に行けなかったのが悪いし、話をしたくなるような人間で私はなかったのだ。

忙しいだろうと遠慮して、緊張してうまく話せなった私が悪いし

制作費を新しい作品を作ってもらえればそれでよいと交渉しなかった私が悪い

 

ライブも、MVの映像も、本来は実力不足だが、

分不相応なのに経験を積ませてあげたから作らせてあげたといった考えだったのかもしれない。

無報酬でいいと、新しい作品を作ってもらえればよいとの気持ちもあったが、ここ1年の作品の熱量が明らかに下がり質も量も低下しているのを感じた。

相手の熱量を上げられない、自分が悪いと必死に1年努力した。

それでも何も変わることはなく、ひたすらに自分の自己肯定感が下がっていくのを感じた。

 

邪推かもしれないが、おそらくもう活動よりもプライベートを大事にしたくなったのだと思う。

どれだけの時間をどれだけの活動に割り振るかは自由だし、

クリエイターは時間をどれだけ費やしたかではなく、

素人が何日も費やして作った作品より、プロが一瞬で作った作品の方が評価される

だから私の数年は、本人にとっては数分にも満たない価値しか生み出せなかったのだろう。

 

どんな理由にせよ私がこの場所にいるのは分不相応なのだ。

もし、私の実力が本物だったら、私は袂を分かったほうが羽ばたいていける。

もし、私の実力が偽物だったら、無理やり私の作った映像を使うことはなくなるし、ほかの方に依頼することでもっと良い作品が出来るだろう。私も自分の実力に見合った場所で正しく生きていける。

 

 

今は私は自分のこの数年の努力が決して無駄でなかったと証明したいのかもしれない。

今日も作品を作り続けている。