おはようございます。春が来たかと思えば寒の戻りですね。
今日は最近になって春学期に受講した
【心理カウンセリング序説】で大山先生が仰っていたことを
考えるきっかけとなった出来事について書きたいと思います。
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共感と共鳴の違い
共感とは他者と共に同じもの(こと)を見つめる
イメージ:亡くなった愛する親の墓を愛する兄弟で並んで見つめる
共鳴とは他者と共に揺れ動く
イメージ:赤ん坊が一人泣き出すと次々に他の赤ん坊も泣く
カウンセラーに必要な資質は【共感】である
人はあくまで一人の独立した個人なのである
人と人は肉体で隔てられているように精神は融合させない
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この講義を受けた後,私は【共感】はしても【共鳴】は避けたいと考えるようになりました。
(時には共鳴を経て共感に至る場合もあるそうです。)
今までの人生を振り返った時に,共鳴している時の自分はとても不安定であったと思います。
最近知人がパートを辞めました。
夫婦で話し合って決めて,納得しているとの事でしたが,
少し話に矛盾があります。
「夫は家にいて欲しいと言っている」
「家に私がずっといると『日中なにしてるの』と言われる」
事実は私には不明です。
けれども,彼女が退職したとたんに,お子様が半分以上欠席するようになりました。
朝になると「今日は休むね」と私に連絡が来るのですが,
当初は肯定的に返していたものの,徐々に何だか面倒くさくなってきております。
お子様も友人関係で悩みが出てきたそうです。
家に子供がいると彼女は【母親】という仕事を得ることが出来ます。
ご主人にも小言を言われないでしょう。
けれども,お子様にとってこれは良いことなのでしょうか。
子どもは子どもで世界を作るのに(社会に出る準備)親の都合で
行かせたり休ませたり…。
助言を求められてはいないので何も言いません。
けれど,朝に「休ませるね」という一言を貰うたび
私の心は乱されます。
【共鳴】は時として恐ろしく感じます。
親子であっても一人の個人として自分の世界を持つことは,
健康的に暮らすために必要ではないかと考えた出来事でした。