ちょっと死刑に対する感覚がかわりました。

なぜだか自分でも不思議な感情の中にいます。


お若い方は、彼のした犯罪を知らないかもしれませんが

およそ20年前の凶行は、許し難い内容です。


4歳から9歳までの本当にお人形のように可愛い女の子を狙って連れ去り

性欲のおもむくままにもてあそび。

一人の女の子は殺されたのち、家の前の畑で焼かれ

の遺骨を自宅に届けられました。

粉々にされた遺骨が、ようやく彼女のものだと判明したころ

マスコミ宛てに卑劣な挑戦状を送りつけました。

それも子供の産めない女性を装ってです。


また別の女の子は、両手と頭を切り取られた姿で墓地に捨てられた。

彼はその手を食べたと言い、頭を埋めていました。

凶行の様子はビデオに収められ、ライブラリーとして保存されていました。

すべて本人の歪んだ性的趣向と趣味です。


当時、東京・埼玉で女の子の親だった人はみんなおびえて暮らしていました。

まったく手がかりのない事件は次々に繰り返されたのですが

幕切れは、機転の聞く9歳の女の子が父親に知らせたことによる別件逮捕

調べてみたら出るわ出るわ。という逮捕劇でした。


逮捕後、妹は婚約を破棄され。父親は自殺。

彼の住んでいた町も平成大合併によって、その名前を変えました。

20年の間に、次々に残虐な事件は起こり、彼のしたことは忘れられたかのようですが。

彼は、どこかで犯罪者のカリスマになっていたようです。

おかしなイラストを描き、おかしな言動を繰り返し。何度も精神鑑定を行い。

死刑が確定したのが事件から18年後。

そして昨日の執行。26歳だった男は45歳になっていたのですね。


宅間の時は「あんなやつ早くこの世からいなくなればいい」と思ったのですが。

今回は執行によって、とてもない後味の悪さを感じています。


日本人の一般的な宗教観として、人は死んだら「仏さんになる」と言います。

当然、人はみないつかは死ぬんですが

彼が死んだことによって、被害者と同じ場所に行ったのだと思ったら

いたたまれぬ不愉快さをもったのです。

天国と地獄というきっちり線引きされた世界があるのなら

彼が被害者と同じ場所に行きつくはずもないと思うのですか。

なんだか、反省もしないままに「仏」になるなんて。

とてもいやなんです。


自らの命をもって償う。これが死刑の理念なら。

彼の軽い小さな命で、子供たちの美しい命が相殺されたのでしょうか。


人を殺したら自分も殺される。そういう方程式のために死刑はあるんでしょうか。

生かしておく必要がないから、殺すという罪を与えるでしょうか。

矯正の可能性かないから死刑なのでしょうか。


本当にわからなくりました。


殺された少女たちが生きていたら、25歳前後の結婚適齢期です。

奪われた人生を思うと、遺族の悲しみが癒える日なんて来ないと思います。

死刑ってなんなんでしょうね。