天数紀50 | 猫奴隷とあるじさま時々馬鶏

猫奴隷とあるじさま時々馬鶏

捨てられ猫と福島原発被害猫と烏骨鶏の下僕です。
最近はもっぱら信虎さんの歴史小説の投稿にしか使っていませんが、過去記事には猫・烏骨鶏・うずら・競走馬についての記事もあります。

 郡内(ぐんない)大月(おおつき)

 稲( いね)(なえ)がすくすくと育ち始める頃、小山田(のぶ)(あり)には監視(かんし)が張り付いていた。

 

「またですか、(のぶ)(とも)殿……」

 ここ最近、朝に館の門戸(もんこ)()でると、必ずといっていいほど、武田(のぶ)(ただ)が弟・郡内(ぐんない)目付役(めつけやく)の武田(のぶ)(とも)がそこに待っているのである。

「毎朝毎朝いらして頂いても、私は畑仕事へ出るのでお相手もできませんし、ご覧になっていてもなんぞ面白くはないでしょう」

「いえ、ご配慮(はいりょ)は結構です。私は私の勝手にて、ついて回りたいだけでありますから」

(のぶ)(とも)殿とて、勝沼(かつぬま)をお(おさ)めになるおつとめにお忙しいことでしょう。大月(おおつき)へご(たい)在中(ざいちゅう)はどうぞお(くつろ)ぎ下さい」

「……ついて来られて困る、見られたくない何かでもあるのですか」

 信( のぶ)(あり)は大きなため息と共に、(ひたい)(かか)えてうつむいた。武田(のぶ)(ただ)殿もやっかいなものを寄越(よこ)してきたものだ。

 その様子を屋敷(やしき)の内から見かけた小兔(こと)姫が、軒先(のきさき)問答(もんどう)をする二人へ駆け寄った。

(とも)(にい)様! (のぶ)(あり)が「邪魔(じゃま)だ」と言っているのがわかりませぬか。だいたい、(とも)(にい)様は私の話し相手に(よこ)されたのでしょ」

「何が「(のぶ)(あり)邪魔(じゃま)だと言ってる」だ。小兔(こと)お前、(おのれ)が武田の者だという自覚(じかく)(ほこ)りを失ったか」

「何ですって、私を侮辱(ぶじょく)する気? (とも)(にい)様はいつまで経ってもその(さま)なものだから、(ただ)(にい)様に(とお)ざけられてしまったのでしょうね。あぁ、お可哀相!」

「なんだと! 言わせておけば……!」

 見かねた信有が二人の間に割って入った。

「それまで!」

 殴( なぐ)りかからんばかりに妹へ()()る武田(のぶ)(とも)を、小兔(こと)姫はやれるものならやってみろと言わんばかりの勝気(かちき)な顔で(にら)みつけている。

 信( のぶ)(あり)仲裁(ちゅうさい)に、兄妹ははた(・・)と我にかえり、武田(のぶ)(とも)はぷいと顔をそむけ、小兔(こと)姫は(あご)を上げてふんと息を()いた。

 やれやれ、まるで(わらし)喧嘩(けんか)だ。

(のぶ)(とも)殿、ではそろそろ参りましょう」

 とりあえずはこの二人を引き離さねばと思うた(のぶ)(あり)は、仕方なく武田(のぶ)(とも)野良(のら)仕事(しごと)へついてくるよう(うなが)した。

 

 武田の(さん)(きょう)(だい)は、本当に仲が良い。

 しかし小兔(こと)のやつときたら、長兄(ちょうけい)(のぶ)(ただ)殿には(なか)ば恋にも似た敬愛(けいあい)(いだ)いているが、(のぶ)(とも)殿に対してはどうも見くびっているさまにて、まるで幼馴染(おさななじみ)喧嘩(けんか)友達(ともだち)(ぜん)(あつか)う。

 今まで小兔(こと)勝気(かちき)を一手に浴びてきた人物かと思うと、気の毒ではあるが、少しばかりの親近感を感じてしまい、なんぞニヤリを噛み殺す(のぶ)(あり)であった。