郡内大月。
稲の苗がすくすくと育ち始める頃、小山田信有には監視が張り付いていた。
「またですか、信友殿……」
ここ最近、朝に館の門戸を出でると、必ずといっていいほど、武田信直が弟・郡内目付役の武田信友がそこに待っているのである。
「毎朝毎朝いらして頂いても、私は畑仕事へ出るのでお相手もできませんし、ご覧になっていてもなんぞ面白くはないでしょう」
「いえ、ご配慮は結構です。私は私の勝手にて、ついて回りたいだけでありますから」
「信友殿とて、勝沼をお治めになるおつとめにお忙しいことでしょう。大月へご滞在中はどうぞお寛ぎ下さい」
「……ついて来られて困る、見られたくない何かでもあるのですか」
信有は大きなため息と共に、額を抱えてうつむいた。武田信直殿もやっかいなものを寄越してきたものだ。
その様子を屋敷の内から見かけた小兔姫が、軒先で問答をする二人へ駆け寄った。
「友兄様! 信有が「邪魔だ」と言っているのがわかりませぬか。だいたい、友兄様は私の話し相手に遣されたのでしょ」
「何が「信有が邪魔だと言ってる」だ。小兔お前、己が武田の者だという自覚と誇りを失ったか」
「何ですって、私を侮辱する気? 友兄様はいつまで経ってもその様なものだから、直兄様に遠ざけられてしまったのでしょうね。あぁ、お可哀相!」
「なんだと! 言わせておけば……!」
見かねた信有が二人の間に割って入った。
「それまで!」
殴りかからんばかりに妹へ詰め寄る武田信友を、小兔姫はやれるものならやってみろと言わんばかりの勝気な顔で睨みつけている。
信有の仲裁に、兄妹ははたと我にかえり、武田信友はぷいと顔をそむけ、小兔姫は顎を上げてふんと息を巻いた。
やれやれ、まるで童の喧嘩だ。
「信友殿、ではそろそろ参りましょう」
とりあえずはこの二人を引き離さねばと思うた信有は、仕方なく武田信友に野良仕事へついてくるよう促した。
武田の三兄妹は、本当に仲が良い。
しかし小兔のやつときたら、長兄・信直殿には半ば恋にも似た敬愛を抱いているが、信友殿に対してはどうも見くびっているさまにて、まるで幼馴染の喧嘩友達然に扱う。
今まで小兔の勝気を一手に浴びてきた人物かと思うと、気の毒ではあるが、少しばかりの親近感を感じてしまい、なんぞニヤリを噛み殺す信有であった。