天数紀49 | 猫奴隷とあるじさま時々馬鶏

猫奴隷とあるじさま時々馬鶏

捨てられ猫と福島原発被害猫と烏骨鶏の下僕です。
最近はもっぱら信虎さんの歴史小説の投稿にしか使っていませんが、過去記事には猫・烏骨鶏・うずら・競走馬についての記事もあります。

 駿河。

郡内(ぐんない)小山田(おやまだ)は使えぬ、とな」

 

 瀬名( せな)(うじ)(さだ)が持ち帰った報告に、肘掛(ひじかけ)にもたれたままの今川(うじ)(ちか)は、無表情のまま口を(ゆが)めた。

「さようにございます」

 すると今川(うじ)(ちか)の開口よりも一寸早く、下座(しもざ)から怒声(どせい)が上がった。

何故(なにゆえ)じゃ! そなたのお義母上(ははうえ)……、瀬名(せな)一秀(かずひで)殿がご継室(けいしつ)様、その妹御(いもうとご)郡内(ぐんない)小山田(おやまだ)へ嫁いでいると、わしは(たし)っかに瀬名(せな)殿より聞いておるんだぞ!」

 父・瀬名(せな)一秀(かずひで)(むかし)馴染(なじ)みであったような口ぶりのこの老将(ろうしょう)は、何を勘違(かんちが)いして(いか)っているのかわからないが、あまり相手にしないでおこう。どこの軍議(ぐんぎ)にもかような()頓狂(とんきょう)(やから)はいるものだ。

 瀬名(うじ)(さだ)はそう思いながら、(ろう)(しょう)には答えもせず、今川(うじ)(ちか)へ改めてこう()べた。

「その義母(はは)が、郡内(ぐんない)小山田(おやまだ)を使うのはやめておけ、と。義母(はは)妹御(いもうとご)は小山田家当主の母であり、確かに当主への影響力はあるが、それ以上に小山田家当主は(めと)った武田(のぶ)(ただ)の妹を寵愛(ちょうあい)している(ゆえ)、とのことにございます」

 ふむと息を吐いて座り直すと、今川(うじ)(ちか)は言った。

「もとより小山田という家は、いずことも手を(たずさ)え、いずこにも臣従(しんじゅう)しない、()えぬ気質(きしつ)豪族(ごうぞく)だ。しかし、どうにか内通(ないつう)させる方法はないものか」

 しんと静まった()を、穏やかな声が進めた。

()えぬ(たけ)を無理して()えば、いかに御館(おやかた)様の腹とて(いと)うなりましょう」

 すらりと正しい胡坐(あぐら)の腰に乗る(けん)(れん)(あさ)()()(やす)(もち)()みは、(ほお)(づえ)をつく(あるじ)の興味をそそる(もの)()いを心得(こころえ)ている。

 今川(うじ)(ちか)はぴくりと(かた)(まゆ)を上げた。

「ほう。では、そなたは(いくさ)の腹ごしらえを、いかにせんといたすか」

「はい。西の甲斐(かい)には、使えそうな(たけ)がいくつも生えているとか。そうだったな、福島(くしま)殿」

「はい」

 朝比奈泰以( あさひなやすもち)の静かな声色(こわいろ)に応じて平伏(へいふく)したのは、三つ末席(まっせき)()りに()する臣・福島(くしま)正成(まさなり)であった。

甲斐(かい)西郡(にしごおり)は、かねてより武田に不満(ふまん)を持つ者が多うございます。そのような豪族家(ごうぞくけ)いくばくかと面識(めんしき)がございます(ゆえ)、ぜひ(それがし)(たけ)集めをお命じ下さい」

 今川(うじ)(ちか)はちらり見やった。

 三十路( みそじ)(なか)ばながら、飄々(ひょうひょう)とした笑みを返す薄若(うすわか)風貌(ふうぼう)(あさ)()()(やす)(もち)とは対照的(たいしょうてき)に、平伏(へいふく)しつつも今川(うじ)(ちか)()()福島(くしま)正成(まさなり)は、(よわい)二十三ながら土色(つちいろ)分厚(ぶあつ)い肌に中年の風格(ふうかく)さえ感じる。

 ふむ、福島(くしま)正成(まさなり)代替(だいが)わりしてから、まだ大した役を任じていなかったな。策があるのなら、任せてみるのも、良いか。

 脇に置いてあった(おうぎ)を取りて、ぱしぱしと一二度(いちにど)(てのひら)へ打ちつけると、すいと福島(くしま)正成(まさなり)を指した。