駿河。
「郡内小山田は使えぬ、とな」
瀬名氏貞が持ち帰った報告に、肘掛にもたれたままの今川氏親は、無表情のまま口を歪めた。
「さようにございます」
すると今川氏親の開口よりも一寸早く、下座から怒声が上がった。
「何故じゃ! そなたのお義母上……、瀬名一秀殿がご継室様、その妹御が郡内小山田へ嫁いでいると、わしは確っかに瀬名殿より聞いておるんだぞ!」
父・瀬名一秀と昔馴染みであったような口ぶりのこの老将は、何を勘違いして怒っているのかわからないが、あまり相手にしないでおこう。どこの軍議にもかような素っ頓狂な輩はいるものだ。
瀬名氏貞はそう思いながら、老将には答えもせず、今川氏親へ改めてこう述べた。
「その義母が、郡内小山田を使うのはやめておけ、と。義母の妹御は小山田家当主の母であり、確かに当主への影響力はあるが、それ以上に小山田家当主は娶った武田信直の妹を寵愛している故、とのことにございます」
ふむと息を吐いて座り直すと、今川氏親は言った。
「もとより小山田という家は、いずことも手を携え、いずこにも臣従しない、食えぬ気質の豪族だ。しかし、どうにか内通させる方法はないものか」
しんと静まった議を、穏やかな声が進めた。
「食えぬ茸を無理して食えば、いかに御館様の腹とて痛うなりましょう」
すらりと正しい胡坐の腰に乗る賢練な朝比奈泰以の笑みは、頬杖をつく主の興味をそそる物言いを心得ている。
今川氏親はぴくりと片眉を上げた。
「ほう。では、そなたは戦の腹ごしらえを、いかにせんといたすか」
「はい。西の甲斐には、使えそうな茸がいくつも生えているとか。そうだったな、福島殿」
「はい」
朝比奈泰以の静かな声色に応じて平伏したのは、三つ末席寄りに座する臣・福島正成であった。
「甲斐西郡は、かねてより武田に不満を持つ者が多うございます。そのような豪族家いくばくかと面識がございます故、ぜひ某に茸集めをお命じ下さい」
今川氏親はちらり見やった。
三十路半ばながら、飄々とした笑みを返す薄若い風貌の朝比奈泰以とは対照的に、平伏しつつも今川氏親を食い見る福島正成は、齢二十三ながら土色の分厚い肌に中年の風格さえ感じる。
ふむ、福島は正成に代替わりしてから、まだ大した役を任じていなかったな。策があるのなら、任せてみるのも、良いか。
脇に置いてあった扇を取りて、ぱしぱしと一二度掌へ打ちつけると、すいと福島正成を指した。